20代の頃は何してた?著名ITベンチャーのキーパーソン4人が名古屋大学で登壇

投稿者: | 2018-01-07
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2017年12月23日に名古屋大学で開催された、ITベンチャー4社とTongali(名古屋大学発アントプレナーシッププログラム)のコラボイベント『Tongali人材 × ITベンチャー Meetup』。当日は、ベンチャー企業でのインターンや新卒スタートアップを検討している、現役の大学生や20代前半の若者が、著名ITベンチャーのキーパーソンの話に耳を傾けました。今回は、その中で行われたITベンチャー4社合同のトークセッション「20代の頃は何してた?あのキーパーソンに聞いてみた!」での様子をレポートします。

登壇者プロフィール

ワンダープラネット株式会社 CFO 佐藤 彰紀氏

1984年生まれ、愛知県出身。神戸大学大学院経済学研究科修士課程修了。2008年に株式会社大和総研入社、2009年に大和証券SMBC株式会社金融証券研究所(現大和証券株式会社)に転籍。主にネットコンシューマーサービスの株式市場・投資銀行の両アナリストとして、10社超の格付け付与、数々のファイナンス・M&Aを提案から実行まで支援。その間、本社企画部門にて、アナリスト採用、独自モデルを用いたコストコントロール、グループ再編の計画策定から実行などにも従事。2016年1月よりワンダープラネット株式会社の取締役CFOに就任。2016年9月より取締役兼執行役員CFO(経営企画管掌)に就任。

株式会社 i-plug 取締役兼CMO 田中 伸明氏

アフラックで法人代理店営業を経験した後、株式会社グロービスに転職。企業の人材育成、組織開発のソリューション営業を担い、3年目には大阪法人営業部門のユニットリーダーを務める。同時に人事向けセミナーなどマーケティング企画立案、実行を経験。グロービス経営大学院では住友化学を題材にBOPビジネスを研究。2012年3月卒業後、グロービス経営大学院で出会った仲間と株式会社i-plugを設立し取締役を務める。関東地域の法人開拓や、OfferBoxGlobalのプロジェクトリーダーを務める。現在は学生マーケティングや事業戦略の立案、実行を担う。2012年グロービス経営大学院大学経営研究科経営専攻修了(MBA)。

株式会社フランジア・ジャパン エグゼクティブ・マネージャー 大竹 敦氏

福島県出身、信州大学大学院博士課程卒業。Yahoo!株式会社に就職し、インターネット広告関連事業に従事。株式会社VOYAGE GROUPへ転職し、広告店プロダクトの構築とビジネスを立ち上げ。当時VOYAGE GROUPの親会社だった株式会社サイバーエージェントへ転籍し、スマートフォン広告プロダクトを立ち上げ。その後バリューコマース株式会社に入社し、動画広告のシステム立ち上げから事業戦略、営業までを担当。その後株式会社フランジア・ジャパンへジョイン。事業開発や、ベトナム企業への投資やM&Aを行う。

株式会社トライエッティング 代表取締役社長CEO 長江 祐樹氏

1989年生まれ、愛知県出身。名古屋大学大学院工学研究科博士課程前期課程修了、同後期課程在籍中。2016年~2017年米国スタンフォード大学にて客員研究員を務める傍ら、現地スマートウォッチ開発スタートアップにて一時ジョインしプロダクト開発支援を行う。アカデミックでは「低環境負荷新規熱電材料の探索手法の開発」に取り組み、立石科学研究助成金など複数の研究資金を獲得。材料科学への機械学習利活用ツールとして「MATCHA」ライブラリの構築を行う。2016年、機械学習応用WEBアプリケーション開発を目的として、株式会社トライエッティングを設立。

モデレーターは、名古屋スタートアップ株式会社代表取締役の若目田が務めました。

ベンチャーを創業したきっかけは?

若目田:Nagoya Startup Newsの若目田です。本業がインタビュアーということでプレッシャーもありますが、参加者の皆さんが興味を持ちそうなトピックを登壇者の方々に聞いていきたいと思います。

早速、田中さんと長江さんに質問です。お二人は創業メンバーとしてベンチャー企業に参画していますね。ベンチャー企業を興そうと思ったきっかけを教えてください。では、田中さんからお願いします。

田中:私はですね、小学校3年生くらいから中学校2年生ぐらいまで相当病んでまして。どっちかっていうとですね、人前で喋れない人だったんですね。

(会場笑)

田中:で、野球をずっとやってたんですけども、野球をしてるときだけ、自分を100%出せたんです。あとはもう常に殻に閉じこもってる感じの人間で、若干保健室組だった。そんな人間だったんです。なぜそうなってしまったのかというと、学校の先生との折り合いがすごく悪くて。なんなんだ日本の教育は、と思って。子どもたちの可能性に蓋をする教育に対してですね、「これはなんとかせなあかんやろ」というのを小学校3年生ぐらいから思ってたんですよ。

(会場笑)

田中:子どもなりに考えた結果、「よし、学校の先生になろう!」と思うようになりました。そんな教育をぶち壊すような先生になろうと思って。大学でも、高校の先生を目指して教育実習とか行ったんですけども、なんか違うなと思って社会人になったんですよ。それから、アフラックにいきました。いろいろな経験をしていく中で、グロービス経営大学院の学長の掘さんに出会います。堀さんからは、「君の志は何か?」と常に問われていました。

29歳のときに何度も何度も問われ、仲間と出会い考える中で、やっぱり自分の人生をかけて何か飛び込んでやるなら、若い人たちの可能性を広げるような環境作りをしたいなと思うようになりました。そのとき自分の子どももいて、それもやはり一つのきっかけになって、創業することを決めました。なので、もともと起業することを考えていなかったような人間なんですけど、ほんとに28・29歳ぐらいのときに、一気に具体化されていって。予感が確信に変わる、そういう瞬間があって、それを経て起業することになった。

若目田:もとから起業する気はなかったけど、起業することに?

田中:全然なかったですね。今でも、一人では起業しないです。できるタイプじゃないですね。

若目田:長江さんはどういったきっかけがありましたか?

長江:田中さんと同じで、もともと起業する気はなかったんですよ。

田中:だから気が合うのかも!

(会場笑)

長江:すごく気が合うんですよ(笑)。私はもともと天文学者になりたくて…アカデミック志向があったんです。今ドクターにいるのも、もともと博士をとろうと思って学部に入ったからだったんですけどね。だけど、私の祖母が病気で倒れて亡くなって、それが私が心の中にひっかかっていました。

そこで、「バイオセンサーが作れるじゃん」と思えるような技術に出会って、田中さんが仰っていたような「予感と確信」を得ました。今手元に技術があって、こういうステップ踏んだら、この材料を使ったら、自分にしか作れないものが作れる!というのが頭の中で繋がったんですね。

ただ、その領域に必要なデータを計算したら、300万人分位のデータが必要だというのがわかってですね。アカデミックの治験では1人何万円と払わないといけない。それを300万人というのは不可能なので、そしたら起業してビジネスにして、使ってもらってデータを集めていくしかないじゃん…と、追い詰められて起業しました。

ベンチャーに参画したきっかけは?

若目田:佐藤さんと大竹さんは、途中からベンチャーに参画されました。なぜベンチャーに参画したのかを教えてください。

大竹:私がframgiaにジョインする直前は、インターネット広告のアフィリエイトをやっているバリューコマースという会社にいました。それでベトナム駐在になって、いろいろとやって、そこからframgiaに参画することになりました。

実はベトナム駐在2年目で帰国しろって言われたんですね。日本人駐在員の駐在期限って、大体2年とか3年が多くてですね。ベトナムに赴任していろんなことを手がけて投資して、インターネット広告の事業を立ち上げて。ついでにベトナム市民向けのWebメディアを立ち上げて、これから仕事も大きくなっていくところで帰国の通知が来ました。

日本だけでビジネスをするのは、ちょっと堅苦しいなと思い始めていたところで。ベトナムに対しては、ビジネスへの大きな可能性を感じていました。特に東南アジア圏はGDPの成長率が6%を超えていたエリアなので、国の経済も上っているところですし、街の中に活気が溢れている状態でした。そういうエキサイティングな環境の中で、もうちょっと仕事をしたいなといったところで、framgiaがあるじゃん!と思って移ったのが一つですね。

あとはやはり、スタートアップ・ベンチャーの中なら、自分の目指したい世界を作りやすいというところはありました。スタートアップであれば、なんとかねじ込んでマーケットを作れる可能性があるんじゃないのかなと思い、大企業のビジネスではできないところを求めてスタートアップに転職したというのもあります。

若目田:ありがとうございました。佐藤さんはどうですか?

佐藤:私はすごくシンプルでして。社長の常川から、Facebookメッセンジャーで「佐藤さん、そろそろ(ワンダープラネットに)入りませんか?」とメッセージが来て。本当にそれなんですよ。

(会場笑)

佐藤:4年前位のとあるイベントで知り合ってたんですけど、そこから何も音沙汰はなかったんです。当時は、お互い名古屋人だったので「名古屋で何かしたいですね、いつか何かやりましょう」と盛り上がりはしてたんですけど、1年半くらいご無沙汰がなくて。急に来たのが「佐藤さん、CFOやりませんか」というメッセージでした。

私自身も、もともと東京で、著名ベンチャーに対していろんなファイナンス提案をしていた人間ではあって。でも名古屋に全く出張できなかったんですよ。それは結構悲しいなと思っていて。「やっぱり名古屋でお仕事やりたいな…いつかは」と思っていたら、社長の常川から「佐藤さん、今がそのときです」と言われて(笑)。それでずっと2人で「やりますか」という話をして、約2年前にワンダープラネットにジョインしました。いつか帰ってこようというのが、まさかの2年前にすぐ帰ってきてしまった(笑)。社長の常川が私を名古屋に呼び込んだ。そういった形です。

20代の頃は何をしていた?

若目田:じゃあ、メインテーマに移っていきますね。皆さんが20代の頃に何をしていたかを教えてください。

佐藤:20代の私は、本当に必死で、とにかくがむしゃらでした。周りからも「なんで佐藤さんはそんなに生き急いでるんですか?」と言われるくらい(笑)。本当に必死に動いていて。私の根本的な考えとして、20代で何を自分がやり遂げたかというのが人生を決めると思っていたんですよ。学生のときに誰にもできないことを一つやっておこうと思って。大学に記録を残したくて、神戸大学で飛び級を達成したんです。私は一人目だったんですよ。

そのあと大和証券のアナリスト採用で入りました。仕事がなにせ楽しかったので、自分から好んでずっと職場にいましたね。それくらい楽しくて仕方なくて。がむしゃらに仕事をしてたっていうのが20代ですね。そのときは必死だったのであまり振り返らずにいたのですが、30代になってから20代がいかに大事だったのかを痛感しました。なので私の考えとしては、20代はこれだと思ったものに必死に取り組む。自分としては、これは正解だったと思います。

若目田:とにかく勉強して、仕事をしていたということですね。田中さんはいかがでしょうか?

田中:佐藤さんとかなり近しい感じがあります。「20代のうちは自己投資だ」と大学を卒業するときに決めていまして。アフラックは外資系の保険会社なので、1年目でも結構裁量権が渡されるんですよ。先ほど佐藤さんが仰っていたように、朝誰よりも早くオフィスに行き、最後は誰よりも長く仕事をして。佐藤さんとちょっと違ったのは、私はそこから遊んでたという点ですね。あ、嫁にはその話はしていないので、みなさん秘密で…。

(会場笑)

田中:その結果見えてきたものがやっぱりあって。それぐらい、突き詰めてやってくると何が見えたかというと、虚しさしかなくてですね。それは遊びの方でですね。こんなに遊んでいても意味がないと思い、結婚したいなと思うようになりました。そのタイミングで、同時に転職も考えました。

そして、もっともっと自分に負荷を与えたいなと思うようになり、そこで出会ったのがグロービスという会社です。そのときは平日も土日も、とにかく寝る時間がなかったんですね。なぜなら、土日は大学院の授業があって、夜通しで予習して土日の授業に臨んでいたからです。それを3年くらい続けていましたね。

コンサルティングのような仕事だったので、どこに出しても恥ずかしくないような資料を作り込んでいくということで、平日はお客さんに対しての提案書を作っていました。大体、私が一番頭が働くのは朝の4時くらいから7時なんですけど、その時間に集中して資料を作って、終電までまた仕事をして、少し寝てまた仕事してみたいな、そんなことをしていましたね。

若目田:とにかく負荷をかけて、ということですね。大竹さんは、20代の頃はずっと研究をしていたと先ほどお伺いしました。その辺りはいかがですか?

大竹:20代の、学部生の頃は本当に勉強していなくてですね、研究は好きだけど勉強は嫌いだったんです。ずっと演劇や写真をずっとやっていました。フィルム撮影や、100年くらい前のプロセスで写真のプリントをしたりしていましたね。

マスターコース以降は、入った研究室が結構過酷な研究室で。年間4回以上の合同発表のスケジュールをガンガン組まれて。それに向けて自分の研究スケジュールを立ててヒィヒィ言いながらこなし、2日に1回家に帰ってシャワーを浴びるみたいな生活でした。そんな、研究室にどっぷりな学生時代を送っていましたね。

当時は、非常に短いスケジュールの中で、文章のライティングや研究結果のアウトプットを、やり方がわからなくて体力だけで走っていたんですね。それが何回もこなしていくと、体力じゃなくて、頭を使って仕事をスムーズにやっていかないと、これは死ぬぞと段々と思うようになって(笑)。スケジュール通りにきちんとアウトプットを出していくというところが、社会人になって役に立ちました。過酷だから良かったのかどうかはわかりませんが、非常に良い経験をしたと思います。

それから、友人おすすめの本や、文化人類学とか哲学ですとか、幅広いジャンルの本をひたすら読みまくって現実逃避をしていたのが、意外と今になって役立っているなといったところがあります。

若目田:次は長江さんに伺いたいと思うのですが、今おいくつですか?

長江:今28歳ですね。

若目田:まさかの20代ということで!最近まで何をしていたかというのを教えてください。

長江:(会場のみなさんに)すごく近い立ち年齢ですよね。学部生のときにやっていたこと、大学院生でやっていることを分けて話しますね。学部生の頃は、ひたすらバイトバイトバイトバイトバイトバイトバイトでした。カフェを3つ掛け持ちで、そのうちの1つは、トライエッティング副社長の菅沼も一緒にバイトしていたところです。名大にあるクレイグスカフェ、そこで唯一の男子店員として、お仕事をしていました。そのときは今よりも20kgほど細くて(笑)。

(会場笑)

長江:朝はクレイグスカフェの早朝オープンに行って、そこから授業を2つほど受けて、スタバへ行ってスタバで働いて。午後には物理の演習の時間は、3時間ぐらいあるんですね。演習に出ないと単位がもらえないんですけど、うまく友人と協力して、ギリギリ単位をとって卒業したというのが学部生の頃ですね。

余暇の活動なんですけど、留学生の支援団体の代表を4年やっていました。今の名称と違うんですけど、名古屋大学の留学生センターというところで、名古屋大学の付属の公的な団体の長として、留学生といろんな活動をしていました。

当時バイトをしていた理由は留学費用を稼ぐためだったんですけど、結局その資金は家族の医療費に充ててしまって、もう留学は諦めてたんですね。その後大学院に入り、博士課程教育リーディングプログラムに入りました。必ず海外に行くプログラムだったので、どこかに行ってこいってことで、トルコとスタンフォードに行きまして、向こうで研究をしていました。

そのあとから本格的に活動を始めたんですけど、研究を3つやりながら、仕事を1つやって、いろんなイベントに出たりアポイントメントしたり。あとでお話するんですけど、スケジューリングの能力がうまくなりましたね。今も現在進行形で、こんな感じでやらせてもらってます。

若目田:4人とも迫力ある回答でびっくりです。

どんな人がITベンチャーに向いている?

若目田:会場のみなさんに質問です。ベンチャーに行きたい人はいますか?

(数名が挙手)

若目田:ありがとうございます。では、登壇者のみなさんに質問です。どんな人がITベンチャーに向いていると思いますか?経営者として採用をされている方もいらっしゃると思うので、その点も踏まえてご回答をお願いします。では長江さんからお願いします。

長江:先輩方の前で恐縮なんですけど、私が思うITベンチャーに向いている人は、「まぁ、なんとかなるっしょ」が口癖の人です。

(会場笑)

長江:でも、不確な「なんとかなるっしょ」じゃなくて、頭の中にレールがもうできてて「いけるよね」っていうのをきちんと発信できる人。もう、これにつきるかなと思います。

若目田:なるほど。では、大竹さんお願いします。

大竹:どんな人がITベンチャーに向いているか…向いてるというか、行くべき人ですね。ちょっと軸をずらして回答させていただきます。私は大きい会社でも小さい会社でも働いているので、どちらの人材採用にも育成にも関わっていました。その中でも、大きい企業ではなく小さい企業体、スタートアップの方が確実に、セルフスタータータイプの人が向いていますね。自分でやるべきことを決め、それに向かって計画を立てて実現できる人。それであれば、大きい企業体に行くよりも小さい企業体に行った方が活躍できると思います。

大きい企業体なら、新人研修であるとかキャリアパスという、育てるためのレールがきれいに決まった状態で、きちんと育ててくれる環境にあります。ただ、そのレールを大きく上回る人たちに対しては、うまく対応しきれない部分が出てくる。そこに不満を持って辞めていく方って非常に多いんですね。なので、セルフスタータータイプで、自分がやりたいことに対して計画を立てて行動できるようであれば、ITベンチャーに行った方が圧倒的に楽しいです。

若目田:ありがとうございます。では田中さんお願いします。

田中:2つお話したいと思っていて。1つは個人的な見解と、もう一つはデータをもとにお伝えします。データの方は、OfferBoxから。例えばですけど、ITベンチャーで従業員100名ぐらいの企業が2社あったとします。じゃあ、OfferBox上でどんなタイプの人にオファーを送っているのか。それが全部、データで見えてくる訳です。結論どうかというと、全然違うんです。見事に違う。

ITベンチャーといっても、事業領域は全然違ったりするんですね。例えばヘルスケア系をやっているところもあれば、EC系をやっているところもあって、領域も違うし、会社の文化も全然違う。だから、ITベンチャーで100名ぐらいのサイズの企業といっても、活躍できる人材は全然違うんです。なので、どういう人がITベンチャーに向いているかというのは、なかなか言いづらいなというのがあります。ただベンチャー企業に共通して言えるのは、i-plugもそうですが、見た目以上に中身がぐちゃぐちゃなんですね。何も整ってないみたいな。入ってみて、社長がこんな人だとは思わなかったみたいなね(笑)。

(会場笑)

田中:そういうのは言われますよね、採用する側は。それでいつの間にか去っていくみたいなことももちろんある訳です。私が20代の方に対して、こういう人なら粘り強く頑張ってくれるのかなと思うのは、まだスキルも経験も全然足りていないんだけれども、「ワクワクしたからきました」みたいな人です。ワクワクしているから、“機会を取りに来ている”といったようなタイプですね。

このタイプの人は、アントプレナーシップがすごい強いタイプだと私は思ってるんですよ。そういう人って、飛び込んだら自分でコミットしているので、足りないスキルや知識を頑張って補おうとしていくし。でも人それぞれですね。飛び出して行っちゃう場合もあるんですけど、20代で会社に入ってきてくれる人っていうのは、i-plugっていう会社を踏み台にして出て行ってもらってもいいかなと。そこからまた起業をしてもいいと思う。そういうマインドの人なら頑張っていけるんじゃないかなというのが個人的な見解です。

若目田:ありがとうございます。最後に佐藤さんお願いします。

佐藤:私が入った2年前は、ワンダープラネットは30人の会社で、それが2年間でグループが150人に増えていって。その中でどんな人が活躍しているのかなと見ていると、これは絶対に成果を出します・決めますと言って、本当に決めてくれる人。そういう人を、私は「クロージングできる人」と呼んでいます。そういった人は、実際に社内で活躍していて。すごく若くして入ったけど、もうリーダーとかマネージャーになっています。

そういった人は、一般的な社会人として、どこの会社でも活躍できるだろうと私は思っています。なので、「ITベンチャーだから」というところは、ワンダープラネットを見ていると、そこまでの意味合いはないのかもしれません。なので、当事者意識を持って結果を出せる人なら、ITベンチャーでもそれ以外の企業でも活躍できるのではないかと思います。

ただ、どうしてもこれだけは必ずお伝えしたいなと思っているのが、社会人になると苦しい局面が必ずあります。それは、大企業に行ってもベンチャーに行っても同じです。私もずっと自己問答を繰り返してるんですけど、すごい苦しいときに「なんで自分はこんなに苦しい思いをしてるんだ」と思うことが必ず出てくるんですよ。

そのときに、「自分はこのために頑張っているから、この苦しい局面を乗り越えるんだ」という意志というか、大義を持っていると、多分その仕事を乗り越えられる人になれると思う。なので、自分自身の中でしっかりと軸を決めて、それに則った仕事をできる人が結構大事なのかなとは思っています。それが私でいうと、出身地である名古屋を盛り上げたいという思いですね。「名古屋のために」、この一心です。ワンダープラネットは2年間でいろんな局面もあったので、それで乗り越えてきたところもあります。

田中:佐藤さんの仰ったことにはすごく共感するのですが、「軸」みたいなものって、そう簡単に見つけられないというか、特に20代前半とかのときって、まだそういうのが明確じゃないと思うんですよ。段々見えてくるものかなと思うんですけど、そういう意味では、20代前半とかこれから社会に出て行くタイミングであれば、とにかく「ここで成長したい」とか「面白そう」とか、そういうのでもいいのかなと思います。最初はね。それで段々機会を獲得して頑張って成果を出していくと、自分のしたいことや「軸」が見えてきたりするんじゃないかなと思うのですが、どうですか?

佐藤:今仰っていることに、私も共感します。私自身も若いときにアナリストで入って、新人のときに何もできなくて。でも、やっぱりできるようになっていくと、そういう成長を楽しめるときが来るんです。若いうちっていうのは、成長機会のあるところに身を置いて、そこで自分が成長してるんだと実感できる仕事をやっていると、多分すごく軸というか、そういったものもぴったり合っていくのかなと思いますし。

あと、若いときにそういう苦い汁を吸って、ある程度仕事に慣れていろんなことが見えてくると、その次に自分が何をしたいかもまた見えてくると思います。今仰っていたように、若いときはですね。30代くらいになってくると、次はこれをやりたいんだと、そういうステップも見えてきます。

学生・20代のうちにやっておくべきことは?

若目田:最後の質問になります。会場のみなさんに向けて、学生のうちにやっておくべきことがあったら、最後に伝えていただけたらと思います。佐藤さんからお願いします。

佐藤:私が今までお伝えした内容に通ずるんですけど、時間って全員にとって平等で、非常に大事な価値があると思っていて。特に20代って、非常に伸びる大事な時間だと思うので、あとで人生を振り返り、悔いのないようにやりきってほしいなと思っています。すでに起業された方とか、起業を重ねられている方は、どういう風に20代を過ごそうかなというのを含めて、しっかり軸決めて突っ走って欲しいなと思います。

そういったものに意識はあるけど、ちょっとまだ踏ん切りがつかないなという方は、例えばベンチャーに1回入ってみて、それを学んでから自分で立ち上げ直してみてもいいと思います。いろんな選択肢があると思うので。あと、いろんな会社さんたちも触れてましたが、ワンダープラネットもやる気のある人っていうのは大事にしていきたいなと思っていますので、名古屋の会社なので、興味があれば見ていただければと思います。

若目田:ありがとうございます。では田中さんお願いします。

田中:ちょうどですね、この前仲の良い経営者の方と飲んでたんですけども…あんまり私飲まないんですけどね(笑)。その人と、若いうちは言葉で言うならば「能動的に考え、主体的に行動する」ということを大事にしましょう、という話をしていて。“受動的”に考え、主体的に行動する学生さんは結構いらっしゃるんですけど、考えるっていうところを能動的にやっている方は多くない印象です。

大学生のときや20代前半のときって、わりと自分で主体的に選んでいくこともできますし、やっぱり自分で主体的に選んだ経験や機会をものにすると、ものすごく伸びます。そこをやりきると、本当にまた新しい機会が見えてくるので。とにかく能動的に考え、主体的に行動して、機会をものにする。一つものにしたら、次のまた新しい機会が必ず見えてくるので、その連鎖でみなさんのキャリアは必ずできあがってくると思います。

それから、何か形にしたい、起業にしたい、成したいと思うのなら、とにかく具体的に考えることですね。私は立ち上げを専門にやっているので、そこは一番大事にしているんですけど、具体的でないものは実現しないです。想像できないものは実現できないです。なので、とにかく想像し、具体化する。一歩一歩の踏み出し方まで具体化して考えていけば実現に近づいてくので、20代の学生のうちから、先ほどお伝えしたことと、成したいと思うことに対しての行動計画を具体的に考えていくことが大事かなと思います。

若目田:ありがとうございます。では、大竹さんお願いします。

大竹:学生だからこそできることというのは、ご自身の専門以外の知識を幅広く身につけていただくことかなと思います。学生さんなので、しっかり勉強した方がいいかな、というのが一つです。いろんな大学によって教育システムは違うんですけれども、1年次2年次は教養科目で幅広くいろんな学問を学んだりするというのが、後々になって、「こういうところはここを調べればいいんだよね」と気づくきっかけになるのは、非常に多いです。

最近あった身近な例だと、こんなことです。私の会社で人事の評価システムを作る中で、行動経済学の領域では、人事評価がどう研究されているのかを探りました。そのときに知識の引き出しをどれだけ持っているかで、発想の豊かさが変わってくる、ということです。

私が東京で働いていたときは、週3回ほど仕事帰りに本屋さんに行って、どこの本屋さんのどこの本棚にどういう本があるのかを全部覚えていました。仕事で新しい業務が加わると、これってあそこの本を読めばいいんだよねと、自分のインデックス代わりに本屋さんや図書館を使っていました。

薄くてもいいので、幅広さがないと、“引き出し”として使いようがないんです。特に、そこのきっかけを作ることができる重要な時期っていうのが、大学生の時期かなと思います。ですので、自分の専門以外の友達といろんな会話をするであるとか、専門以外のところに幅広く触れるというのが、20代が終わり30代40代になってからすごく効いてくるところかなと、私自身感じています。

若目田:ありがとうございます。では、最後に長江さんお願いします。

長江:私は今学生ですし、20代なんですけど、一貫して私が変わらないことは3つあります。1つは、手に職をつけること。バイトは飲食店ばっかりだったんですけど、いつか食えなくなるんじゃないかなと思ってですね、自分で料理をやっています。結婚して、朝・昼(弁当)・夜は料理を作っています。プログラミングもそうですよね、手に職です。最後自分を生かしてくれる、ないしは他人が自分を生かすときに頼りになるのは、自分の手だけだと私は信じている。なので、手に職をつける!

2つめは、コネクションをつくること。私もいろいろ可愛がっていただいてですね、ありがとうございます(笑)。菅沼と竹島は、ひょんなことから出会って、一緒に会社を興すまでに3年ぐらいかかってですね。出会って3年経ってて距離が隔たってても、私が「会社やろうぜ」って言って、即決で「よい」って言ってくれる友人です。私一人ではベンチャーはできないので、それを支えてくれている今のメンバーは、まさに2つめの信条で作ったものです。

3つめ。これは私自身が今もこれからもそうなんですけど、逃げない・立ち向かうこと。ポスドクにいじめられても、一瞬逃げそうになったんですけど、なんとか踏みとどまってですね。そこで踏みとどまらせてくれる親や友人がいるっていうのも大事なことなんですけど、苦しいことがあっても、自分のやりたいことがあるから頑張って前に進んで乗り越えてやる!っていう気概を作るのも大事だなと思っています。

若目田:ありがとうございました!

(会場拍手)