事業用トラックが起こした人身事故のうち、追突事故は全体の5割を超え、特に高速道路上では全体の7割を占めます。その事故原因の多くが、疲労や眠気でぼんやりとした状態で運転してしまう「漫然運転」によるもの。(全日本トラック協会『平成29年事業用貨物自動車の傾向と事故事例』より)トラック・バス事業者にとって、運行中の居眠り対策は喫緊の課題となっています。
株式会社スナップショット(本社:名古屋市東区)では、この問題に立ち向かうべく、クラウドを活用した運送ドライバー向け眠気検知サポートサービスを開発。2018年2月には、経済産業省の「新連携事業」として認定を受けました。今回は、同サービスの詳細や、それにかける思いを伺ってきました。
上拾石 弘氏プロフィール
愛知県出身。名古屋大学情報文化学部自然情報学科卒業後、名古屋大学大学院人間情報学研究科博士課程前期入学。大学および大学院在学中に、コンピューターメーカーのインターネット・ビジネス推進部門で、サーバーの構築やコンテンツの開発に従事。また、Javaの講師免許を取得し、社会人向けのセミナー講師などを務める。大学院在学中の2000年に、半田市で有限会社スナップショットを設立。2001年に株式会社へ組織変更し、名古屋市に本社を移転する。
“人”にフォーカスした事業を展開するスナップショット
吹原:名古屋大学発ベンチャーだと伺いました。
上拾石:ええ、ありがたいことに“名古屋大学発ベンチャーの先駆け”と呼んでいただいております。起業当時はNTTドコモのiモードが出たばかりの“ITバブル”で、多くのIT関連ベンチャーが設立されていました。それでも在学中に起業する人は少なく、大手企業に就職するのが当たり前でしたね。
吹原:そこからどのような軌跡をたどってこられたのでしょうか?
上拾石:2002年から人事・総務業務支援パッケージ『B2E pro.』(Webアプリケーション)を開発・販売しています。『B2E pro.』では、勤怠管理・イベント申請・給与明細配信・年末調整申告・社員照会の5つのパッケージをご用意しており、これまでに5回以上のバージョンアップを行ってきました。販売開始からの累計で、現在は多岐にわたる業種の60社7万人のユーザーにご利用いただいております。
吹原:最近では「ワーク・ライフ・バランス」や「働き方改革」が声高に叫ばれていて、勤怠管理についても需要が多そうですね。
上拾石:そうですね。ただ、勤怠管理に関してはプレイヤーが増えてきて、レッドオーシャンになっているんですよ。IT業界は変化が激しいので、私は時代にマッチしたサービスをタイムリーに出していきたいと思っています。その思いでずっと製品開発を行ってきて、2017年10月にはクラウド人材管理ツール『B2E pro. タレントマネジメント』をリリースしました。
吹原:詳しく教えてください。
上拾石:『B2E pro. タレントマネジメント』は、機械学習によるデータ分析を備えた、総合タレントマネジメントシステムです。Fitbit(活動量計)との連携で社員の健康状態を把握できること、「ハイパフォーマー分析」「チーム編成シミュレーション」など機械学習を用いたレコメンドを提供する機能が、特徴として挙げられます。
適性検査や人事考課の結果のほか、社内のさまざまな申請や問い合わせなど、数値化できる情報の全てをデータベースで一元管理できます。
吹原:人事はもちろんのこと、総務の手間も軽減できるんですね。
上拾石:時代に合わせて商品は変化してきますが、“人”をキーワードに、より生産性が高まるような仕組みを作り続けていきたいと思っています。
吹原:少子高齢化が進む中で、労働生産性を上げることは特に重要になってくるでしょうね。
心拍・脈波で眠気を検知。事故を未然に防ぐ
吹原:今回、経産省の新連携事業(※)に認定されたプロジェクト「クラウドを活用した運送ドライバー向け眠気検知サポートサービス」も、“人”に関わるものですね。
※異業種の中小企業が連携し、その経営資源を組み合わせて新事業活動を行うことにより、新たな事業分野の開拓を図る事業
上拾石:このプロジェクトに関しても“人”にフォーカスを当てたもので、テクノロジーを活用して生産性を上げたり、事故防止につなげたりするものです。弊社の入居するビルでも、車を使って営業活動や納品作業をする方がたくさんいらっしゃいます。そういった方の生産性を上げるために、何かできることはないかと常々考えていました。そしてたどり着いたのが、今回のプロジェクトなんです。
吹原:どのようなテクノロジーを活用しているのでしょうか?
上拾石:実は、最初は機械学習でドライバーの眠気を感知するパターンを発見できないかと考えていたんです。リサーチを進めていく中で、名古屋市立大学で先進的な研究を行っているという情報を入手しました。その研究というのは、運転中の居眠りの兆候を心拍や脈波で測るものでした。まさに私たちが考えていたようなもので、この確立された理論を活用させていただくことにしました。
サービスの仕組みとしては、デバイスが心拍と脈波をリアルタイムにウォッチして、ドライバーの眠気を感知したらアラームが鳴ったり、スマホが話しかけたりするものです。それでも眠気が解消されない場合は、運送業者の本部で待機している運行管理者と電話がつながり、ドライバーに呼びかけるという2段階式になっています。スマートスピーカーが車に搭載される動きが高まってきているので、将来的にはそれを利用したいですね。
吹原:デバイスは、すでに開発中ですか?
上拾石:デバイスに関しては、最適なものを検討しているところです。ワンセット60万円ほどの既存品もありますが、それではお客さまも導入しづらいので、できるだけコストのかからない凡用品をと考えています。
吹原:名古屋市立大学がプロジェクトのサポート機関となっているのには、そのような経緯があったのですね。では、コア企業である勅使河原産業株式会社とは、どのような経緯で連携することになったのでしょうか?
上拾石:1年ほど前に、日本政策金融公庫の行う「事業計画立案セミナー」に参加したとき、勅使河原産業の経理課長と私が同じチームだったことがきっかけです。勅使河原産業は短距離~長距離の輸送を行っていて、300台ほどのトラックを保有しています。フィールドワークをするのにちょうど良いだろうということで、声をかけさせていただきました。快く引き受けてくださり、そこからブラッシュアップを重ね、エントリーするに至りました。
吹原:1年以上もブラッシュアップを重ねたんですね。
上拾石:今回のプロジェクトはブラッシュアップを重ねに重ねて、経産省の新連携事業の認定に至りました。それも含めて、今までいろんな経験をしてきて、失敗もたくさんしたかな……。それでも、失敗も必要な経験だったと、今だからこそ思っています。
ドライバーも、その家族も幸せであってほしい
吹原:今後のスケジュールとしては、どれくらいの期間で開発・販売を予定しているのでしょうか?
上拾石:1・2年目は開発、2年目の終わりから、勅使河原産業での実証実験を予定しています。それを経てから販売ですね。
販路に関しては全日本トラック協会と愛知県トラック協会と提携し、トラック・バス事業者にアプローチをかけます。今年の5月と6月に、運輸・交通システムEXPOが東京と大阪で開催されるので、そちらに出展する予定もあります。そういった展示会への出展で認知を拡大し、販路を開拓していく計画です。
吹原:トラック・バスには、安心で安全な運行が求められているので、需要は高そうですね。このサービスは、居眠り以外の、たとえば睡眠時無呼吸症候群(SAS)に関しても感知できるのでしょうか?
上拾石:SASが招く事故も問題になっていますね。こちらも眠気と同様に心拍情報から感知できて、名古屋市立大学がその判定方法を確立しているんですよ。このプロジェクトの延長線で取り組むかどうかはまだ未定ですが、眠気とともにSASのチェックを安価にできる仕組みを、組み合わせて製品化できたらいいなと思っています。
吹原:このプロジェクトの根幹には、どのような“思い”がありますか?
上拾石:とにかく、事故を減らしたいという思いです。ドライバーご本人もそうですが、ドライバーのご家族にも幸せであってほしい。そう思って、開発を進めています。
吹原:今後も、“人”に関わる製品を開発していく予定ですか?
上拾石:そうですね。詳細はまだお話できないのですが、今開発を進めている製品もあります。
時代の流れとしては、製品をクラウドサービスとして月契約で利用したり、ダウンロードして使用したり、これらが主流となってきています。ビジネスはそういう方向にシフトしているので、そこに柔軟に対応しながら、“人”に関わる製品を次々と出して、会社を徐々に大きくしていきたいですね。
編集部コメント
居眠り運転が引き起こす重大事故のニュースを、新聞やテレビでよく見かけます。その事故により、消えてしまう命は後を絶ちません。もちろん、ニュースには取り上げられないような、居眠り運転が原因の物損事故も多々あるでしょう。それらの事故を少しでも防止できるよう、このプロジェクトが成功することを祈っています。