民間企業の協力を得ながら、東海地区の学生起業家支援を行う「Tongaliプロジェクト」。牧野氏が代表を務めるミライプロジェクトは、その応援企業の一つとして、名古屋大学特定基金の「大学発ベンチャー応援事業」を通して同プロジェクトに毎年寄付を行っています。また、牧野氏自身の多彩な経験やネットワークをもとに、「起業したい」という学生からの相談を無償で受け、アドバイスをし、人との縁を取り持つなどメンターとしての役割も引き受けながら、起業の芽を育てる活動を続けています。そんな牧野氏が描く、この地域ならではのスタートアップの進路のアイデアをうかがいました。
牧野 隆広|プロフィール
名古屋大学客員教授 株式会社ミライプロジェクト代表
名古屋大学教育学部卒業後、電通国際情報サービス、マイクロソフトで営業を経験した後、インスパイアで投資ファンド運営と経営コンサルティングに携わり、2002年に独立。2005年に経営コンサルタントとして知り合ったエイチームの取締役に就任、エイチーム上場後にミライプロジェクトを設立。2009年から名古屋大学の招へい教員となり、2017年から客員教授。ミライプロジェクトが軌道に乗り、2019年に名古屋大学発テクノロジースタートアップのアイクリスタルを共同創業。
新しいシードが芽生えにくい、豊かな地。
―名古屋を中心とした中京エリアは「スタートアップ不毛の地」などと言われて久しいのですが、どうしてでしょう?
牧野:私はそれにマイナスのイメージはなく、トヨタグループさんをはじめとしたモノづくり系の大手グローバル企業がとてもしっかりしていることで給与水準が高く、恵まれた環境にあることの象徴だと思うんですよ。経済的にも安定した幸せな両親に育てられ、いい環境でいい教育を受けてきた学生が、明るい未来を期待して大手志向になるのは当然のこと。わざわざリスクを冒してまで起業するメリットって、逆に何でしょう?(笑)
―でも、牧野さんはそれがいつまでも続くとは思っていませんよね。潮目が変わる前に備えるべきことを教えていただけませんか?
牧野:愛知は現在、税収も多く豊かな県ですよね。でも今後は世界的に電気自動車のシェアが高まり、自動運転などの技術的なイノベーションが起きるため、自動車産業の経営環境、雇用環境にも大きな変化が訪れるかもしれない。ならば、自動車産業が安定している今のうちに、まとまった投資をして次の産業を育てておく必要があります。でもそれは、IT系がやってきたような従来型のスタートアップとは一味違うものでなければ、と思うのです。中京圏ならではの新しい起業モデルというか…。
ハードウエア系やディープテック(Deep Tech)系でスタートアップしたい人が、世界中から名古屋に集まってくるようになれば。
―詳しく教えていただけませんか。
牧野:私が必要だと感じているのは、世界中のハングリーな起業家に向けて名古屋から光を当てて、「手厚いサポートをしますよ」と発信すること。特に、ハードウエアや最先端テクノロジー、ディープテックでスタートアップしたい人に向けて情報が届くようにするべきだと思うんですよ。
―地元の起業家ではないんですか。
牧野:先ほども言ったように、親がトヨタさんに勤めている大企業志向の学生に、大企業に行くより起業するほうが魅力的だよ、と言ってもまったく説得力がありません。それよりも、より貪欲なベンチャースピリットを持つ人たちに名古屋を開き、利用してもらうことが肝心だと私は思います。そういう人たちに名古屋、中京圏が提供できるものは何だろうと考えた時、実に魅力的なものがたくさんあるんですよ。例えば、
- 東京、大阪どちらにも近く、リニア開通でさらに便利に
- 地理的に日本の中心であり国際空港も港もある
- 絶好の地の利に反して、家賃が比較的安い
- モノづくりに必要な技術があり、場所(工場や倉庫)や設備、材料を調達しやすい
- 量産技術、生産管理のノウハウに長けた大手メーカーのOB・OGが多く、世界に通じる幅広い人脈を持っている
などです。今日現在、東京には起業家にとって日本一魅力的な環境があります。インキュベーション施設もスタートアップを育成するアクセラレーター・プログラムも成功体験を持つ数多くの先輩方も揃っています。特にIT系。でも、ハードウエアなどモノづくりがしたい起業家にとってはどうですか?ここに名古屋の出番があるんです。
具体的な支援施設やサービスの例として、「製造装置をシェアして使えるコ・ワーキング・ラボ」のようなものや、「床を水洗いできるウエット・ラボ」「大型の装置や試作品を運ぶトラックが乗り入れ可能なインキュベーション施設」などをイメージしてください。また、スタートアップを身近なところで支えるメンターも必要です。その人たちが、実際にグローバル市場や競合を相手に試行錯誤を重ねてきた大手メーカーのOB・OGなら、とても心強いのではないでしょうか。こういう支援こそ、中京圏に親和性が高いと思っています。千種アーススクエアにある名古屋医工連携インキュベータ(NALIC)、あのような施設が増えるといいなと思いますね。
―資金調達のアイデアもお聞かせください。
資金面でも、スタートアップ育成経験の豊富な東京や海外のベンチャーキャピタルに働きかけるべきです。彼らが頻繁に名古屋に足を運んでくれることが、世界に開く方向へのいい流れをつくってくれる。名古屋で資産を手にした人は地元のスタートアップに直接投資する前に東京や海外のベンチャーキャピタルファンドに投資して、彼らに名古屋のスタートアップを紹介し、一緒に支援を行うことで、このエリアのエンジェル投資家の層が分厚くなっていく、という循環ができるといいですね。
少し話が大きくなりますが、世界的な大手ベンチャーキャピタルが新しい投資対象を発掘する際に重要視するのは、「最初からグローバルマーケットを視野に入れているかどうか」ということ。投資に対して成功した時のリターンの桁が違いますからね。日本のスタートアップの多くは、日本国内のマーケットを前提としていてプレゼンも日本語。こういう弱点を最初から取り払うためにも、世界中から起業者に来てもらう方がいいのです。世界的なメーカーが少ないか、ほとんどない国が世界にたくさんあります。しかし、若い世代のモノづくりへの情熱は計り知れません。そういう人たちにとって名古屋は、とてつもなく魅力的に映るのではないでしょうか。
グローバルな視野で活動を重ねていくうちに、IT系のスタートアップやアイデアに触発された地元のチャレンジンジャーたちにとっても魅力的なエリアになっていくと思いますよ。
名古屋の「Tongali」から世界の「Tongali」に。
―もちろん地元にも起業を目指す人たちはたくさんいます。そんな若い人たちに向けて、メッセージをお願いします。
牧野:地元で小さくまとまるのではなく、ぜひ、積極的に東京や世界に出て行き刺激を受け、大きな流れのスピードに乗ってどんどん成長してください。そんなあなたを見て、「名古屋出身のこんな素敵な人がいる」と思われ、名古屋のスタートアップをウォッチする人が増えてくる、そんなトレンドが生まれれば理想的です。
それから、大学生になって、はじめて「起業」を知るというのは、ちょっと遅すぎますね。できれば中学生くらいから、起業という選択肢があるんだということを学べる仕組みができていくといいなと思います。ビジネスを知る人や、Tongaliの大学教員が中学や高校で講演をすれば、何かしらの気づきを与えられるのではないでしょうか。そして大学進学時には、すでに「〇〇になりたい!」「こういうキャリアを築いていきたい」という目標を持っていないともったいない。「模試の偏差値の結果で行けそうな大学を選ぶ」なんて本当にナンセンスです。
―そういう学生が増えると、大学の評価も変わってきますね。
牧野:その通りです。起業したいと思う高校生が何かのきっかけでTongaliを知り、「Tongaliで活動したいから、Tongaliメンバーの大学を選びました」ということも実際に起こるのではないでしょうか。そのためには当然、Tongaliプロジェクトの魅力をもっと宣伝していかなくてはと思いますよ。私たちのようなサポート企業ももちろん大切ですが、内部チームが裏方のようにならず、もっと自分たちそのものにスポットライトを当てて、子どもたちを含めた多方面の人たちから注目されるように露出していくべきだと強く思います。そのために、私も一緒に活動したい。
―ありがとうございました。
編集部コメント
世界中から起業者や投資家を名古屋に呼びこみ、逆に名古屋の起業者や投資家は東京や世界に目を向けるべき。そのことが将来、「世界に輝く中京エリア」を育てることにつながるというアイデアに、なるほどと手を打ちたくなりました。今後のTongaliの魅力アップに向けたお話もあり、意義深いインタビューとなりました。