光電子ビームの名大発スタートアップPhoto electron Soul ー 大学と大学発ベンチャーはどう共創していくのか

投稿者: | 2018-08-08

昨今の東海圏の大学発ベンチャーには怒涛の勢いがあります。東海地区の学生起業家支援を行う「Tongaliプロジェクト」では、そんな大学発ベンチャーを創出するべく活動を続けています。

今回はTongali特別企画として、名古屋大学学術研究・産学官連携推進本部 知財・技術移転グループの鬼頭教授をインタビュアーとして迎え、名古屋大学発ベンチャーとして光電子ビーム領域で注目を集めるPhoto electron Soul代表取締役CEOの鈴木氏と取締役CTOの西谷氏へ「大学と大学発ベンチャーの共創」をテーマに取材を行いました。

プロフィール|鈴木 孝征 氏(Photo electron Soul代表取締役CEO)

米国University of Delawareおよび国内ベンチャー企業にて、大学技術の実用化研究・開発を行う。その後、6年間にわたる名古屋大学 学術研究・産学官連携推進本部の技術移転業務にて、技術・知的財産の事業化実績を持つ。名古屋大学大学院にて博士号取得。

プロフィール|西谷 智博 氏(Photo electron Soul取締役CTO)

名古屋大学 未来材料・システム研究所 (特任准教授)。原子力研究開発機構、理化学研究所、名古屋大学にて、半導体フォトカソード技術の研究・開発プロジェクトを主宰。Photo electron Soulでは取締役として、技術開発を統括。風戸研究奨励賞受賞。名古屋大学大学院理学研究科博士課程修了 博士(理学)。

インタビュアー|鬼頭 雅弘

名古屋大学 学術研究・産学官連携推進本部 知財・技術移転グループリーダー、教授。電機メーカーにおいて主に光通信用半導体レーザの開発・事業化を約13年間担当し、その後、知財部門に異動して約10年間、権利取得や権利活用の業務を中心に、国内外企業とのクロスライセンス交渉や特許売却を含め企業での知財活動全般を経験する。 2014年6月より名古屋大学にて、材料分野を中心に発明発掘から技術移転を担当し、更には工・農学部向けの知財の講義を担当。2015年12月より現職。

光電子ビームをどのように事業化する会社なのか?

インタビュアーの鬼頭氏は知財分野のスペシャリスト。

鬼頭:昨年12月に、Photo electron Soulの新たな資金調達が決まったと聞いています。また、経済産業省の推進するスタートアップ企業育成プログラム100社にも採択されたとのことで、おめでとうございます。

鈴木・西谷:ありがとうございます。

鬼頭:こうして注目も高まっている中で、今回、いろいろとお話を伺えたらと思います。ではまず、Photo electron Soulの事業について聞いてもいいですか。

鈴木:そもそも私たちがやりたいのは「電子源」という、なかなか世の中に馴染みのない技術かもしれませんが、実はすごく身近で重要な産業技術です。

でもほぼ半世紀、同じ原理が使われ続けています。何がいいたいかというと、研究開発がもう成熟していて、原理上、飛躍的に性能を上げられなくなってきています。つまり、半世紀もの間、技術革新が起きていないと見ています。

電子源について丁寧に語る鈴木氏。

鈴木:ただ、電子ビームはいろいろなところに使われている中心的な技術なのですが、その周りの応用分野…例えば半導体製造や、学術領域で言えば電子顕微鏡のニーズは、どんどん高度化してきています。なので、古い技術だと対応できない状況になっています。そこを刷新することで、幅広い産業に貢献できるような会社になりたいなと思っています。

鬼頭:壮大ですね。半世紀近く変わっていなかったところに、新しい革新的な技術を取り入れたいのですね。

鈴木:はい。その上でどのような事業かというと、半世紀ぶりの新しい電子ビームが出せるシステムの開発・販売です。

鈴木氏と西谷氏の出会い

この取材は名古屋大学内にあるTongaliハウスで実施しました。

鬼頭:鈴木さんと西谷さんは理想的なコンビですよね。どのようにして出会ったのでしょうか?

鈴木:この会社を設立する前は、名古屋大学の産学官連携部門で、技術移転マネージャーとしてスタートアップ支援をしていたのですが、そのインキュベーション施設に西谷が入居してきたことがきっかけです。

西谷:オフィスとの距離もかなり近かったんです。

鈴木:大学技術の事業化が私のミッションだったので、そのときから、西谷がやっている研究をどう事業化していくことがいいかはいろいろ検討していました。

西谷がインキュベーション施設に入ってきた時点では、事業化のとっかかりは全くない状態でした。なので、まずは「先生、すごい研究されてますけど、具体的に何ですか?」みたいな話から。

大学技術の事業化は、権利化してライセンスするのも1つの手です。話を聞いていくと、ある特許化できそうな技術を発掘できました。それを名古屋大学が特許出願して、さらに、特許として認められました。つまりこの技術が、新しくて、これまでよりも格段に進んでいるという証拠ですね。当然、それだけでは事業化とはいえないので、ライセンス活動をします。ライセンス先もしっかり見つかって契約を結べました。これは、お金を払ってでもこの技術を使いたい企業がいるということですね。

私の専門は理学や工学ではなかったこともあって、最初の頃は、西谷が難解な技術トークで攻め込んできて「世界が変わる!」みたいなことを言った時には、「この人、頭大丈夫か?」と思ったりもしました(笑)。たぶん西谷は西谷で、同じように私を思っていたかもしれませんね。でも特許化やライセンス契約、つまり売れる技術だと実証していく中で、共感できていったんだと思います。

ライセンス契約もできたから、これで事業化も進むだろうと思っていたのですが、状況を見ていると、なかなか我々が考えているような時間軸や規模感で進まなくて、ヤキモキしているところはありました。

技術革新のハードルについて語る西谷氏。

西谷:結局、事業化の主体が「ライセンス先」になってしまうんですよね。ライセンス先の事業計画もありますし、彼らの時間軸に主導権があるわけです。すると、私たちが考えている計画とは、時間の乖離があるのは当然のことで。

ただ単に「45年ぶりに技術革新を」といっているだけではナイーブで、実際に実現していかなくてはならない。自分たちでしっかり主導権を握って、技術を世界に広めていきたい。そのために、スタートアップとしてやる方法を取ろうと準備をしていきました。

「誰が経営者をやるのか」は、大学発ベンチャーの課題?

「“photo”は光、“electron”は電子で、光電子という意味。“e”だけが小文字な理由は、技術用語で“電子”は小文字の“e”で表すから。」と鈴木氏。

鬼頭:鈴木さんは、もともとスタートアップをやる気持ちがあったんですよね?

鈴木:はい。西谷とやると決めたのは想いを共有できたことが一番の理由ですね。

大学の産学連携本部でスタートアップ支援をやっていた時、「誰が経営者をやるんだ?」というのは結構ありました。

鬼頭:それは現在もある問題ですよね。

鈴木:大学には、事業のタネになりうる研究成果があります。研究者もいるんですけれど、じゃあスタートアップをやるとなったときに、本当にその事業に責任をもってコミットできる人間は、そうそういないですよね。たまにスーパーマンみたいな研究者がいて、研究も経営も両立されている場合もありますが…。

鬼頭:そういった人は珍しいですよね。

鈴木:そんな中で、大学の仕事として西谷の事業化支援はやっていたんですけれど、スタートアップで行きましょうと私が示して、実際にやろうとなったときに、私が手を挙げないってありえないじゃないですか(笑)誰がやるんだ?と。もちろん、これをリードできるのは、世界で私しかいないと思っていますし。

鬼頭:そんなストーリーがあったんですね。次は、西谷先生の立場からお聞きしたいのですが、鈴木さんと出会った時はどういう印象でしたか?

西谷:私にとっては“大事なところの理解を外さず、解決を進めていく頼りがいがある人”です。産学連携部門にいた時から困ったときはすぐ現場に来てくれました。

鬼頭:先ほど鈴木さんには伺いましたが、西谷先生はいつからスタートアップを意識していたのでしょうか?

西谷:前職時代から、この技術を世に出そうと、企業も参加するような学会や会議に出て、交流・議論を進めたりはしていました。ただ、自分が起業するなんて、全く想像もしたこともなくて。

技術を移転してやってもらおうと、企業に直接売り込むような活動も5年くらいやっていました。でも、思ったようにはなかなか進みませんでした。興味は持ってくれるんですけど、企業にしてみればコアな技術だけに、慎重にならざるをえなかったんでしょうね。

鬼頭:なかなかハードルは高いですよね。

西谷:そうです。だから明日・明後日にやりましょうとは、なかなかならなかった。そのあたり、鈴木だと、例えば、技術という切り口だけではなくて、多方向からのアプローチができるので条件交渉の幅が広いです。

鬼頭:そういうところに頼り甲斐があるんですね。

研究者と経営者の衝突回数を増やすことが大学発ベンチャーの活性化に繋がる

鬼頭:お二人は大学のシーズを持つ研究者とそれを事業化する経営者として一緒に起業された理想的な形だと思います。こんなスタートアップが増えてくると、大学のシーズがもっと社会に還元されやすいのかなと思います。このマッチングを増やしていくには、何が必要だと思いますか?

西谷:起業マインドを持っている人と、シーズを持っている人の出会いの回数、衝突回数みたいなものを増やすことですよね。

鈴木:大学のシーズはハイテクが多いですよね。

西谷:私が研究者サイドで必要と思うのは、専門外や技術から縁遠い人に自分の研究を説明した時に、どういう受け捉え方をされるのかを知っておくことと考えています。どれだけその技術が素晴らしいか、高度かではなくて、「想像を超えるこんな未来が来る」というポイントに興味を持ってもらい、技術のその先にある未来の可能性を感じてもらうことが大事だと思います。

鬼頭:大学として、経営者候補と技術シーズの“出会いの場”をつくっていくことには、効果があるのでしょうか?

西谷:あると思います。投資家の方が参加するようなピッチイベントに、研究者は出てみるといいかもしれません。

鬼頭:学会発表とは視点が違いますよね。

西谷:投資家も、専門的なバックグラウンドを持っている人はいないと考えたほうがいいです。

鬼頭:その視点を学ぶ場が必要なんでしょうね。ご自身で学ばれる方もいるけれど、コツみたいなところを研究者の方々に学んでいただく場があるのもいいかなと思います。

鈴木:大学のハイテクスタートアップに限って言うと、大学の中で経営者候補として可能性がありそうな人材は、その技術を一緒に研究していた博士学生やポスドクかもしれないですね。

鬼頭:たしかに、そういうスタートアップも最近少し出てきていますよね。

鈴木:博士学生やポスドクの人たちの多くはアカデミア志向が高いかもしれないけれど、スタートアップの道もあると知ってもらう。そして関心が高まったときに、どうすれば良いのかをフォローアップするエコシステムが名古屋大学にあると、増えてくるでしょうね。

エコシステムは、大学がゼロから立ち上げる必要はないかなと思います。例えばベンチャーキャピタルは、科学技術の事業展開のノウハウを持っていたり、スタートアップ育成プログラムを提供しているところもありますよね。

鬼頭:ベンチャーキャピタルの人脈を生かすのですね。

鈴木:はい。経営者という話であれば、ベンチャーキャピタルは、経営者候補のネットワークを持っているところもあるので、「こんなシーズがあるんだけど、いい経営者候補いない?」となりますし。

東海圏の大学発ベンチャー環境は確実に整ってきている

鬼頭:お二人のお話を聞いて、今の学生は、恵まれているかなと思います。

鈴木:Tongali、すばらしいですね。ここでは実際に会社も立ち上がっていて、フォローアップもしているんですよね?

鬼頭:そうですね。例えば、メンターの人にアドバイスを受けられるようにしています。立ち上げのスタートも早くなったかなと。お二人が創業したときには、そのような環境がなかったですよね。

東海地区では、スタートアップやベンチャーが起こりにくいイメージがあったかと思うのですが、名古屋に本社をおいたメリットと、今後もメリットが出るかどうかについて教えてください。

鈴木:実感しているのは、“人”です。当社の製品はハードウェアで、当然、チームにはエンジニアが多いです。東海地区はものづくりに強い企業が多いので、しっかりと経験を積んだ人材も豊富です。ハードウェア系の良質なエンジニアを採用するのに、すごくいいですね。

西谷:それに、ものづくりに強い企業が近くに多いので、製造先やアライアンス先を探すのには、すごくいい地域ですね。

鬼頭:スタートアップと大企業を含めた既存企業との連携はすごく大事と言われています。東海地域は、既存企業でもしっかりしたところが多いので、連携機会が多いですよね。

西谷:メーカーや大学側にも研究している人は多いでしょうね。

鬼頭:そういった意味で、東海の大学発ベンチャーの環境は整っていると言えますね。

学生や若手研究者に向けて一言!

鬼頭:最後に、Tongali含めこれから活躍する学生や若手研究者に向けて応援メッセージをお願いします!

西谷:私たちはまだ応援する側とは思っていないですが、一つの、できれば良い例になるしかないですね。

鬼頭:自分の背中を見てくれ、ということですか?

西谷:私の場合ですと、これだという形がまだあるわけではないのですが、ひとつの研究者の在り方になると思っています。まず学術の成果が、社会に組込まれていくことで未来を切り拓く。次にそこで産まれる新しい価値観やニーズが、元の学術へ還元されて、学術がさらに発展していく。そして、スタートアップは学術と社会の接点を担って、この循環をドライブしていく。そんないい循環を作りたいと考えています。まだ模索中ですけどね。それができたら、道が切り開けるかもしれないですよね。

鈴木:応援する立場ではないですが、これからもガンガンやっていきます。「自分の背中を見てくれ」ですね。

鬼頭:ありがとうございました。

編集部あとがき

経営者としての鈴木氏と研究者としての西谷氏が出会ってできたPhoto electron Soul。東海圏の大学発ベンチャーを活性化するための事例として、若手の学生や研究者の方にとって非常に参考になる存在です。インタビューの中でも挙がった「起業家と研究者の衝突」の回数を増やすべく、Tongaliは今後も東海地区の学生の起業支援に邁進します。

書き起こし:小倉
編集:若目田