ファイナンス・バックオフィスのスタートアップ転職、大切なのは経営者と求職者のコミュニケーション|ワイズアライアンス代表 手塚氏にインタビュー

投稿者: | 2019-04-17


会計・税務・ファイナンス分野に特化した転職エージェントサービスを展開する株式会社ワイズアライアンス(本社:東京都中央区、代表取締役:手塚 佳彦)。代表の手塚氏は、転職エージェントとしての16年のキャリアに加えて、株式会社MisocaのアドバイザーとしてMisoca経営陣を創業期から支えた経験もあり、ベンチャー・スタートアップに関しても優れた知見を持ちます。

最近は、会計・税務・ファイナンス分野の人材が、大手企業からスタートアップのCFOなどに転職する例が増えています。そのキャリアに焦点を当て、スタートアップ転職での注意点や経営者・求職者に求められることなどを手塚氏に伺いました。

手塚 佳彦|プロフィール
1980年生まれ、愛媛県松山市出身。神戸大学卒業後、会計領域に特化した転職エージェントに入社し、東京・大阪・名古屋で人材紹介などを軸に活躍。約10年勤めた後、2013年10月に株式会社ワイズアライアンスを設立、代表取締役CEOに就任。会計・税務・ファイナンス分野に特化して、人材紹介・転職エージェント事業とWEBサイト運営の2つの事業を行い、編集長を務めるWEBメディア「公認会計士ナビ」は公認会計士業界で高い認知度を誇る。名古屋には前職の転職エージェント時代に2006年~2007年にかけて赴任し、ベンチャーキャピタルと連携してIPO準備企業やスタートアップのバックオフィス採用を支援、2012年から2016年には名古屋発のスタートアップ・Misocaのアドバイザーとして経営を支援するなど縁も深い。

変化する会計・税務・ファイナンス人材のスタートアップ転職


若目田:スタートアップでの働き方はどのように変化していますか?

手塚:昔はスタートアップも「ベンチャー」と呼ばれ、勢いと体力で働く会社も多かった印象があると思います。しかし、最近は合理的な経営・採用のノウハウをもとに事業を運営したり、ワークライフバランスを重視したり、リモートワークを取り入れたりするなど、効率よく楽しみながら働くことを好む会社が増えてきている印象です。

若目田:そのような働き方の変化もあってか、名古屋では大手監査法人などからスタートアップのCFOに転職するケースが増えてきました。

スタートアップの会計・税務・ファイナンス領域の人材採用について、昔と今でどう違いますか?

手塚:CFO採用のニーズは昔からありましたが、大きく変わったのが求められるスキルです。10~15年前は、IPO準備や上場水準の管理体制を構築できる人材がCFOとして求められるケースが多くありました。CFOと言っても管理寄りに近い人材というイメージです。

一方で近年では、スタートアップの資金調達額が大型化し、投資契約に関しても種類株や株主間契約の活用など高度化・特殊化しているため、スタートアップ特有の資金調達の知識がCFOに求められるようになっています。CFOが本来有するべきファイナンススキルへの比重が高まってきているイメージです。

また、採用や転職に関する情報の流れや手法も変化しています。SNSやWEBでの発信により、「CFOは何をする人なのか」「スタートアップではどういう働き方ができるのか」などの情報が手に入りやすくなりました。

選考に関してもいきなり面接に行くのではなく、カジュアルにスタートアップに話を聞きに行ったり、SNSを使って人づてで多くの人に会えるようになったことも大きな変化のひとつだと思います。

転職先スタートアップで活躍したいなら、専門分野+αのスキルを身につけ


若目田:会計・税務・ファイナンス分野の人材は、どういう企業からスタートアップに転職するケースが多いですか?

手塚:投資銀行出身の方や公認会計士の方が、スタートアップのCFOやバックオフィスに転職するケースが多くなっているのが最近のトレンドです。大企業やメガベンチャーで経理職だった方が、スタートアップでIPO準備にチャレンジするケースもあります。

多様なところからスタートアップに転職する人が増えてきてはいますが、需給バランスとしては圧倒的に求人の方が多いです。エンジニアが足りないというのは声高に言われていますが、バックオフィス人材も人手不足となっています。

若目田:どういう人がスタートアップのバックオフィスに転職して活躍する傾向があるのか、教えてください。

手塚:スキルに関しては、若手や経理のスタッフレベルであれば、基本的な仕訳や月次の試算表作成、年次決算の補助くらいまでがしっかりとできれば大丈夫です。それよりも、マインドやカルチャーフィットが重視されます。スタートアップは常に変化し、どんどん状況が変わるので、柔軟性・行動力があってポジティブな人が活躍しやすいです。

管理職やCFOなどの幹部の場合は、なにか一つ軸となる強みがある方が活躍しやすいと思います。公認会計士であったり、投資銀行出身でファイナンスに強かったり、経理経験者であればIPO準備や上場企業での開示や内部統制など軸になる経験があるケースです。

スタートアップでは少人数で何でもこなして行かなければなりませんので、その強みをベースに+αの強みを身につけたり、専門外の業務にも積極的に取り組む姿勢のある方が活躍している印象です。

スタートアップ選びの基準は、お金ではなく情熱を持てるかどうか

若目田:会計・税務・ファイナンス分野のスタートアップ転職の注意点を教えてください。

手塚:注意点はいくつかありますが、ここでは重要な2つについてお伝えします。

ひとつめは、「入社前に聞いていた話と全然違う」ことが起こりうるということです。「管理はかなりできています」「IPO準備は進んでいます」と聞いて入社すると、なにもできてないことはよくあります。

そのために、選考時にしっかり理解することが大切です。経営者と話す中で、管理について相手がどう考えているのか、管理の実情はどうなのかを理解するよう努めてください。管理体制がまったくできていなかったり、経営者が管理について考えていないならそれでも良くて、大切なのは「相手の目線や現状のレベルを理解すること」です。そこを押さえておけば、過度に期待せず入社でき、入社前後のギャップも抑えられると思います。

ふたつめは、入社してからの話で、「スタートアップの実情に応じた管理を意識する」ということです。IPOを目指しているスタートアップでも、すぐに教科書通りのIPO準備ができる状況でないことが一般的です。

例えば、管理側が内部統制をしっかりやりたいと考えても、企業や経営者がバックオフィスを理解していなかったり、重視していないことも多くあります。もしくは、理解はしているが現実的にはそこまで精緻に行う余裕がなかったり、行うほどではないという場合もあります。

前者の場合は、社内のメンバーに粘り強く説明するところからスタートする必要がありますし、後者の場合は現段階でどこまでやるべきかを考え、実情に応じた内容に落とし込んで業務を行っていく必要があります。

若目田:求職者側としてはお金関係もスタートアップ転職の気になる点だと思います。会計・税務・ファイナンス分野だと、たとえばストックオプションにはどれくらい期待して良いものなのですか?

手塚:ストックオプションの有無や価格は企業の資本政策にも連動し、入社のタイミングや役職などで変わるので、一概に言うのは難しいですね。最近はストックオプションを付与するスタートアップも多いですし、信託型ストックオプションと言ったリターンを期待しやすいものも出てきています。

ただ、基本はIPOしなければリターンはないですし、IPOしても付与された条件や株価次第では大きなリターンがないこともあります。

若目田:スタートアップへの転職というと「成功して、一攫千金」のようなイメージもあるのですが、そうではないということでしょうか?

手塚:もちろん、うまく行けばそういった成功を掴めます。ただし、実力も運も必要ですし、初めてスタートアップにチャレンジする人が簡単に掴めるわけでもありません。最近はスタートアップの年収水準も上がりつつありますが、「金銭面での期待値」で言うと年収も高く、福利厚生や退職金制度も充実した大企業の方が高いのではないでしょうか。

ただ、スタートアップには、若くして責任ある経験を積める機会や、新しいサービスで世の中を変えていくやりがいなど、金銭的価値だけでは測れないものや、将来の自分の価値を高められるチャンスもあります。

若目田:では、スタートアップへの転職の際にはどういった心構えをすると良いでしょうか?

手塚:私がスタートアップに転職する際にお勧めしているのは「お金を”最優先”にしない」ということです。もちろんお金も大事ではあるので、あくまで「最優先には置かない」ということです。

スタートアップでの仕事は想像以上に大変で、入社後には必ず困難や修羅場に遭遇します。そんな時に自分を支えるのはお金ではなく、「この会社のサービスが好きだ」「この会社の経営者や仲間となら頑張れる」といった情熱や想いです。お金がモチベーションだと、よほどの金額を約束されていれば別ですが、普通は割に合いませんので、気持ちが続かずどこかで諦めて辞めてしまうことにつながります。

ですので、私としては「金銭的条件が最も良いスタートアップを選ぶ」のではなく、まずは「ワクワクする、情熱を注げそうな会社」を選び、「その中で金銭的条件が良いところ」を選ぶことをお勧めしています。

若目田:スタートアップ転職を考えている方にとっては、かなり有益な情報ですね。

会計・税務・ファイナンス分野のスタートアップ転職で、経営者と求職者に求められるもの


若目田:経営者が優秀な会計・税務・ファイナンス分野の人材を迎えるために、どのような準備をするべきですか?

手塚:経営者がバックオフィス業務について、自身も勉強して意識を高めるのが重要です。エンジニア・営業出身などの経営者は、バックオフィス業務となると意外と軽視していたり、知識がないことも少なくありません。

たとえば、「IPOのためにバックオフィス人材の採用を証券会社や監査法人から勧められたから」という理由だけで採用を始めるケースはよくありますが、その温度感は意外と求職者にも伝わってしまうものです。

一方で、経営者の方は、自身の専門分野に関しては一生懸命勉強されていて、戦略や社内制度なども作り込んでいたりする方も多いので、それと同じように意識をバックオフィスに向けてみると候補者にもそれが良い方に伝わると思います。

また、「1人目を誰にするのか」は特に重要ですので、最初のメンバーとは採用時も入社後もしっかりコミュニケーションをとることをお勧めします。経営者とバックオフィスで現在の課題や今後の方向性を握っておくことによって、今後採るべき人材像や面接でその人材に伝えることも明確になりますので、2人目以降の採用もスムーズになると思います。

若目田:反対に、求職者がイケてるスタートアップから採用されるにはどうすればいいのでしょうか?特に名古屋の場合、まだまだスタートアップが少ないので、スタートアップへの転職が難しい印象もあります。

手塚:おっしゃる通り、名古屋のスタートアップコミュニティは東京と比較するとまだまだ小さいかもしれません。ただ、コミュニティが小さいということは、つながりが濃く、また、コミュニティの中心に近いという大きなメリットがあります。

例えば、私が名古屋にいた2006年~2007年もスタートアップブームでしたが、当時も東京と比較するとスタートアップは多くありませんでした。一方で、限られたメンバーによるコミュニティであるが故に、経営者やベンチャーキャピタルや監査法人、証券会社はみなどこかでつながっていました。

また、Misocaが東京で注目され始めた2013年頃も、東京のスタートアップコミュニティもまだまだ小さく、一方で、熱量の高いメンバーが中心のため、その中から成功した起業家やCFOもたくさんでてきています。スタートアップのコミュニティがこれから大きくなる名古屋でも同じことが起きる可能性があると思います。

話を戻しますと、スタートアップ転職では「業界の中の人」になることが大切です。業界の中に入り込めば、良いスタートアップや採用を考えているスタートアップの情報がいち早く入ってきますし、企業の内情や経営者の人柄など転職エージェントや求人サイトでは手に入りにくい情報も入ってきます。

まずはスタートアップで働いている人や、監査法人や証券会社などIPO関連の人と会って話を聞いたり、そういった集まりに積極的に参加してみることをお勧めします。そこで出会った人から「あのスタートアップで働いてみない?」と有望なスタートアップに声をかけてもらえるかもしれません。

若目田:最後に、名古屋の会計・税務・ファイナンス分野でスタートアップ転職を考えている方々にメッセージをお願いします。

手塚:スタートアップのバックオフィス人材はかなり不足しているので、チャレンジする方が増えるのは大歓迎です。一方で、今日お話をしたようにスタートアップへの転職には難しい部分もあります。

当社は東京をメインに人材紹介を行っていますが、私も名古屋には縁がありますので、名古屋の方でももし何かあればお気軽にご相談ください。

編集部あとがき

「会計・税務・ファイナンス分野のスタートアップ転職のトレンド」をテーマに、業界のリアルな現状とアドバイスを展開した手塚氏。経営者も求職者も納得できる雇用となるために、お互いの意思疎通の重要性も述べました。スタートアップへの転職に興味のある方はぜひ参考にして頂ければと思います。

取材・撮影:若目田