「デジタル変革時代の歩き方~あなたの業界のDisruptorはどこからやってくる?」中部圏イノベーション促進プログラム SAPジャパン代表 福田 譲氏講演レポート

投稿者: | 2018-12-27

12月12日(水)、中部経済連合会主催の「中部圏イノベーション促進プログラム第4回講演会」が、名古屋栄ビルディングにて開催されました。今回は、SAPジャパン株式会社代表取締役社⻑の福田譲氏が登壇。「デジタル変革時代の歩き方~あなたの業界のDisruptor(ディスラプター:業界を根底から変える破壊的イノベーター)はどこからやってくる?」をテーマに、国内外の先行事例を踏まえて今後の企業戦略が語られました。

登壇者プロフィール|福田 譲氏
1975年生まれ、千葉県出身。早稲田大学卒業後、SAPジャパン株式会社に入社。営業担当として各業界大手顧客の経営・業務改革(BPR)を支援。その後、バイスプレジデント(新規事業担当)、営業統括本部長を歴任し、2014年に代表取締役社長に就任(独SAP本社 Global Leadership Member)。2006年 INDEAD(欧州経営大学院)RMDP修了、2012年慶応ビジネススクール(高等経営学)修了、2016年 早稲田大学ビジネススクール/IMD GRLP終了。

新しい価値を創造する取り組み、デジタル変革事業とは


企業向け基盤システム「ERPパッケージ」のマーケットリーダーとして企業を支援している大手ソフトウェア会社SAP SEの日本法人「SAPジャパン」。最新のデジタルテクノロジーを使って、顧客とのかかわり方や事業のあり方を変革し、新しい価値を創出する取り組みである「デジタル変革事業」について、福田氏は語りました。

従来の企業におけるデジタルは、どちらかといえば業務の補助的な位置付けでした。しかし、現在ではITやデジタルが企業の経営モデルを劇的に変えつつあります。

福田氏が紹介した先行事例の中から、3つをご紹介します。

adidas


adidasのスニーカー・カスタマイズサービス「miadidas(マイアディダス)」。スニーカーを自分の足に合ったサイズ、好きなデザインやテキストを入れられる、自分だけの“オンリーアディダス”をeコマースのみで展開する事業です。miadidasの今後について、福田氏は以下のように述べました。

もはや、店舗に足を運んで、既存のサイズやデザインなど陳列されたものの中から商品を選ぶ必要がありません。好きにデザインし、サイズを気にする必要もない。もしかしたら、数年後には靴擦れというものが地球上からなくなっているかもしれません。

miadidasは2019年1月に一旦サービス終了となることが決まっており、バージョンアップを予定しています。バージョンアップした「adidas Futurecraft 3D」は、工業用の3Dプリンターの技術が発達したことで、直営店には足型を測定しに行き、靴のデザインはネットで注文、数週間後には工場から自宅に商品が届きます。在庫を持たない注文生産により、店舗の維持コストも軽減され、ITとデジタルによりビジネスモデルの革命が起こります。

Under Armor


アメリカのメリーランド州ボルチモアに本社を置くスポーツ用品メーカー「Under Armor(アンダーアーマー)」。読売巨人軍(ジャイアンツ)との50億円規模のパートナーシップ契約締結でも話題となりました。

同社が展開するのは、同じスポーツ用品メーカーのadidasとは全く異なる経営戦略。彼らが目指すのは、コンシューマーと直接繋がるヘルスケア事業です。

画像引用:Apple Store「Map My Run by Under Armour」より

スポーツ用品を販売するだけでなく、フードトラッキングアプリやエクササイズアクティビティ追跡アプリを使って世界約2億5,000万人とリアルタイムで繋がり、毎日のトレーニングや睡眠時間などの健康管理もデータとして蓄積されていきました。そのデータをもとに、適切なコンシューマーに広告やサービスを展開することが可能です。

UPS


UPS(United Parcel Service, Inc:ユナイテッド・パーセル・サービス)は、アメリカに本部を置く世界最大の小口貨物輸送会社。輸送およびロジスティクスのサービスを専門的かつグローバルに展開しています。

近年、アメリカではUberやLyftなどの配車サービスの成長が著しく、人だけでなくモノやコトを運ぶサービスも展開しています。例えば、シリコンバレーでは、体調不良になると患者が病院へ行くのではなく、スマホのボタン1つで医師と看護師が往診してくれます。デジタル変革により、ユーザーとサービスを提供する側の概念が大きく変わろうとしています。

そこで、UPSが展開し始めたのは「ものを運ばない物流業」への挑戦です。これは、物流拠点を持った強みを生かしたサービス。例えば、医療用の模擬パーツや機械の補修パーツなどを顧客の最寄りにあるUPSの物流拠点に電子データで送り、3Dプリンタで印刷、ラストワンマイルだけ運ぶというものです。自分たちが持っているもの(物流拠点)とデジタルを組み合わせた、UPSならではの事業と言えます。

第4次産業革命への指針 インダストリー4.0


続いて、福田氏が紹介したのは、ドイツが国家プロジェクトして推進する「インダストリー4.0」。インダストリー4.0とは、急激に発展してきた情報通信技術が製造技術と融合して起こる「第4次産業革命」です。産業革命の歴史を紐解くと、軽工業中心の第1次産業革命からはじまり、化学技術の革新が進んだ第2次産業革命、コンピュータを用いた機械の自動化による第3次産業革命、そして、現代はIoTやAIなどの技術進化を中核とする第4次産業革命の最中です。

インダストリー4.0で最も重要なのは、「データ」だとされています。単にコンピュータに機械を繋いでいるだけでは、インダストリー3.0の状態。AIによるデータ収集や解析技術で、現状や原因を把握し、そこから導き出された未来に対して自律的な対応をしていくのがインダストリー4.0です。

インダストリー4.0の提唱者のヘニング・カガーマン氏は、ドイツ工業アカデミー評議会(acatech)議長であり、ドイツSAPの元会長兼CEOです。インダストリー4.0は製造業の「マスカスタマイゼーション」を目指しており、これらを実現するのは機械の「自律化」であるとカガーマン氏は述べています。また、インダストリー4.0の成熟度指数は6つのレベルに分けられており、レベル6とはどのような状態なのか、旧イタリア国鉄「Trenitalia」を例に福田氏は語りました。


Trenitaliaは、イタリア最大の鉄道会社。同社は、鉄道車両に多数のセンサーを取り付けてデータを収集し、それに基づいたCBM(Condition-Based Maintenance:状態基準保全)によって、点検・保守業務を大きく変えています。IoTや機械学習、VRなどさまざまなものを組み合わせ、従来は走行距離や運行期間に基づいて実施していた点検・保守業務が最適化され、CBMによって年間13億ユーロ(約1,600億円)の保守費用を約8~10%節約できると見込んでいます。

このように、人間からの指示がなくても、機械が最適な方法を選択・判断して自ら実行する状態が、インダストリー4.0におけるレベル6であり、目指すべき姿と言えます。

世界を先導する企業のアプローチ方法の1つ、デザイン思考


ここまでさまざまな事例を紹介してきた福田氏。では、企業はどのようにしてデジタル変革のアイデアを生み出していけばいいのでしょうか。その一つの方法論として、福田氏が紹介したのは「デザイン思考」です。デザイン思考とは、顧客ニーズを起点にした一連の問題解決の考え方。AppleやGoogleなど世界を代表する企業がアプローチ方法として取り入れてきました。


SAPでは2004年から、創始者の1人であるハッソ・プラットナー氏が「デザイン思考はソフトウェア開発にもビジネスにも必要である」と取り組んできました。現在、SAPでは多数のグループがデザイン思考を採用し、各グループが独自のアプローチとコミットメントで顧客価値を提供しています。

講演の最後に、福田氏は次のように述べました。

AIにより仕事が奪われるのではという見方もあります。しかし、最近のマッキンゼーのレポートでは、完全に置き換えられてしまう仕事は5%未満ではないかと出ています。ただし、人間がやらなくても済むような仕事が増えることで、仕事の質が変わっていくでしょう。当然、そこで必要とされる意識やスキルも変わっていくという意味では、現代は大変革時代に間違いありません。その中で、今回ご紹介したような取り組みを通じて、ディスラプトされる側ではなく、ディスラプトする側に回るのか?というところが地域の明暗を分けるのではないかと感じています。

参加者からの質問


最後に挙がった質問から、一部をご紹介します。

ー企業文化の変革について、アドバイスがあったら教えてください。

福田氏:経営者が引っ張っていかないことには、変わらないと思います。みなさんの根底には、「イノベーティブに多様な意見を自由に発言しながら、会社で新しいことにチャレンジていく風土でありたい」という思いがあるでしょう。部署単位でデザイン思考をスタートしてみると、意外と「やりたかった」「そういう会社でありたい」と考えている社員は多く、現場ほどのってきたりします。

例えば「夕方5時には帰れるようにするにはどうしたらいいだろう」というテーマでもいい、小さなところから始めるのがいいと思います。

ー今日紹介していただいた成功例も素晴らしいが、失敗事例はありますか?経営トップがデザイン思考を取り入れても、会社全体に行き渡らない原因があればお願いします。

福田氏:典型的なものは、今回のような会に参加して中途半端に感化されたトップというのが一番手に負えないことだと思います。あるいは、デザイン思考が重視している「解くべき課題は何か?」というテーマに対して、そもそも解くべき課題が間違っている、または場の設定が難しいというものがあげられると思います。

デザイン思考にはルールがあります。その1つが、できるだけ早く・多く失敗しましょうということ。失敗から学び失敗を恐れない、むしろチャレンジしないことを恐れようというものです。あるいは、意見が出たら絶対に潰さずそれに乗るべしなど、さまざまなルールがあります。もちろん、ルールを守っていてもうまくいかないケースもあります。ただし、失敗するから「デザイン思考はダメだ」、「やっている意味がない」というものではありません。

ー大企業は、インダストリー4.0に戦略的に取り組めます。しかし、資金も人材も限られている中小企業は、どこにゴール設定をし、何から始めたらいいのでしょうか?

福田氏:中堅中小のお客さまとの取り組みから、むしろチャンスだと思っています。例えば、KDDIが買収したIoTスタートアップ「ソラコム」という会社では、IoT / M2Mデバイスのモバイルデータ通信を1回線分から始めることができ、1日10円からの従量課金で利用できるんです。

今までは非常に高価だったさまざまなIT設備が、簡便に安く使えるという時代になりました。そういう意味では、中小企業ならではの小回りの良さや意思決定の速さは強みになるのではないでしょうか。
確かに、資金も人材も限られているという課題はありますが、むしろ、強みに目を向けていくことが重要です。今回話したようなテクノロジーを活用することによって、面白い実験ができるのではないでしょうか。

デジタル変革時代において、自分たちが持っている問題を捉え直し、新しい視点で事業を組み立てることが重要です。テクノロジーの進歩により、私たちの働き方や生活はより良くなっていく。福田氏の講演は、現代の日本企業にも求められるイノベーションの重要性を感じさせてくれる時間となりましした。

中部圏イノベーション推進プログラムの詳細はこちら