「“個”客が企業を変える〜デジタル時代の成長戦略〜」中部圏イノベーション促進プログラム ネットイヤーグループ株式会社代表 石黒 不二代氏講演レポート

投稿者: | 2018-10-23

10月2日(火)、中部経済連合会主催の「中部圏イノベーション促進プログラム第3回講演会」が、名古屋栄ビルディングにて開催されました。今回は、デジタルマーケティングに関するコンサルティング事業などを手がける、ネットイヤーグループ株式会社の代表取締役社長兼CEO・石黒 不二代氏が登壇。「“個”客が企業を変える〜デジタル時代の成長戦略〜」をテーマに、先行事例を交えて、企業のこれからの成長戦略が語られました。

登壇者プロフィール|石黒 不二代氏

名古屋大学経済学部卒業。米スタンフォード大学MBA取得。ブラザー工業にて海外向けマーケティング、スワロフスキー・ジャパンにて新規事業担当のマネージャーを務めた後、シリコンバレーでハイテク系コンサルティング会社を設立。YahooやNetscape、Sony、Panasonicなどを顧客とし、日米間のアライアンスや技術移転などに従事。1999年にネットイヤーグループのMBOに参画し、2000年より現職。

ユーザーの興味関心を知り、本当に欲しい情報を与えるのがデジタルマーケティング

デジタルマーケティング戦略で企業の強いブランドを育て、企業のデジタルイノベーションを支援しているネットイヤーグループ株式会社。同社が創業以来、最も重要視しているのは、UX(顧客体験)だと石黒氏は語りました。

欧米では、30年ほど前からUXを大事にしている企業が多いです。マーケティングそのものが、顧客の体験を作っているのです。それは、BtoCでも、BtoBの企業でも同じこと。お客さまが、いかにいい体験をしてくれるかで、企業のブランドが育っていきます。

デジタルマーケティングには、多くのサービスがあります。WebサイトやECの構築、データ分析やソーシャルメディアの運用やDSP運用(広告効果の最適化を目指すプラットフォーム)など。ネットイヤーグループでは、経営企画や広報、Web、商品開発や営業企画にいたるまで、全ての「顧客接点」を網羅しています。

そんな中で、これからの時代は“企業とユーザーの付き合い方”が変わってくると石黒氏は強調しました。

近い将来、地球上の全ての人類とデバイスが、最低1つのIPアドレス、Cookie、メールアドレス、ソーシャルアカウントを持つことになるでしょう。そして、特定の人に、特定のメッセージを伝えられるようになります。デジタルマーケティング時代に必要なことは、一度にたくさんの人にリーチすることではなく、一人ひとりのお客さまを知り、一人ひとりのお客さまとの“お付き合いシナリオ”を作ることです。

インターネットが商用化される20年前は、大量消費・大量生産の時代でした。大量消費をするからこそ、大量生産の大きな装置を持っている会社が強かった時代です。そして当時は、ユーザーは“声なき消費者”であり、1つのメッセージを、顔の見えない大量の消費者に届けるメディアが強かった時代でもあります。

総務省の調査によると、インターネットが商用化されてから10年の間、消費者が受け取る情報の流通量は500倍に。そこからさらに10年たった今は、指数対数的に増えています。これにより、情報を受け取る消費者はさらに忙しい生活を送ることに。とはいえ、人の時間は24時間365日しかないため、どれだけ多くの情報を流しても、受け取ってもらえる情報量は限られています。また、昔に比べて、ユーザー自体も変化しています。

今、ユーザー同士がつながりを求めています。他者のSNSの発言に対して「いいね!」するのもそうです。SNSで新商品を知ることも多いですよね。では、企業側は何をしなくてはいけないのか。それは、その人の興味関心を把握して、その人が欲しいと思っている情報を届けなければならない。それがデジタルマーケティングなのです。

CookieIDを活用すれば、ユーザーの興味関心は測り、それに則った施策も可能です。例えば、直前に見たECサイトの商品広告が、次に見たWebサイトの広告に表示されるなど。石黒氏は、これを「デジタルマーケティングのもっともシンプルな手法だ」と語りました。さらに、「もっと複雑で、もっとユーザーが心地よく、ユーザーが切に欲している情報を提供できれば、ブランドは強くなる」と続けました。

ネットイヤーグループが企業のブランドを強くするために提案しているのが、デジタルマーケティングのプラットフォームを作ること。プラットフォームの中には、自社メディアと呼ばれる企業のWebサイトや、スマホアプリ、ソーシャルメディアの企業アカウント、デジタル広告などが含まれており、それらが顧客との接点となります。デジタルの顧客接点が増えている今、そこから多くのデータがとれるのだと石黒氏は述べました。

顧客接点から得られたデータを利用して、人の興味関心をより深く把握し、それに従っていろんな施策を打っていきましょう。例えば、女性とお付き合いをしている中で、彼女の好きな花を知ったら、誕生日にプレゼントする。すると彼女は、あなたのことをいいなと思ってくれる。企業とユーザーの関係性は、これとなんら変わりないのです。

顧客接点から徹底的にデータを集めることは重要で、データとデータを繋ぐことがより重要となります。顧客接点から断片的に集めた情報を繋ぎ合わせることで、ユーザーの興味関心をより深く知れるうえ、ターゲティングがしやすくなるからです。

ユーザーの「購買行動」も変化している

ユーザーの変化は、購買行動にも表れています。ここで石黒氏が挙げたのは、30代男性の洋服購買ストーリー。

男性は、通勤途中にECアプリのプッシュ通知を見て、キャンペーンを知ります。欲しいものをカートに入れますが、その場では購入しません。帰宅してから、PCでECサイトのカートを開き、PCの大きい画面で商品やスタイリング例を確認してから購入を検討。他のアイテムと同時に購入します。そして自宅で受け取りますが、サイズ合わないため、近くのコンビニで返品を受け付けてもらいます。

今の消費者のパターンは、これが便利だと思っている人が多いのだと石黒氏は述べました。

ユーザーにとってはこれが最高の顧客体験なのです。それが提供されていますか? この最高の顧客体験を実現するためには、かなりの企業活動が必要です。でも、これをできる会社が勝っていくでしょう。

ユーザーの日常は、スマホが中心となってきました。その結果、ユーザーの接触メディアは、これまでの新聞や雑誌といったマス媒体から、デジタルへとシフト。デジタルは今、4大マス媒体を抜こうとしているところです。

そしてユーザーが価値を感じるのは、「モノ消費」から「コト消費」へと変化しています。モノで得られる「機能的な価値」や「所有価値」から、買って生活が楽しくなる・課題が解決できるといったような「体験から得られる価値」が重要視されているのです。石黒氏は、自身の体験を交えてこう語りました。

テスラでは、予約金を支払えばWebサイトから車を購入できます。私も最近その方法で購入したのですが、それを若い人に言ったら、「車を買うんですか? カッコ悪いッスネ」と言われてしまいました。車を所有することに、今の若い人はあまり価値を感じていないんですよ。

デジタルマーケティングの真髄は「全ては“個”客のために」であること

EC市場は、ますます大きくなっています。「全小売業の売り上げに対して、ECの売り上げは5〜6%。数年内には、おそらく10%になる」と石黒氏は予測しています。

これまでは、企業がいいモノを作り、与える時代でした。そして、それをユーザーが喜んでくれる時代でした。今は、商品もサービスも、情報も買う場所も、全て顧客が選ぶ時代です。顧客が選びたい体験を、みなさんの企業は提供しているでしょうか?

デジタルマーケティングの時代は、店舗や接客の概念も変わってきます。これまでは、来店したユーザーに接客し、店内在庫だけを取り扱っていました。オムニチャネル(※)の店舗なら、来店前から来店後までの接客が可能です。

※オムニチャネル…リアル店舗とECサイトの情報管理システムを統一することで顧客をフォローし、機会損失を防ぐための販売戦略。購入以外の顧客の行動についても把握できる

デジタル化により、さまざまな顧客接点が増えている今。そこから得られるデータにより、企業は商品開発、需要の予測、サービスやサポートの改善など、多くの施策を行えます。さらに、そのデータを統合管理することで、ビッグデータとして資産化し、さまざまな業務へ活かすことができると石黒氏は述べました。

「“個”客に寄り添う企業になることが必要になる」と語った石黒氏は、それを実践している先行事例を紹介しました。その中から3つをご紹介します。

Macy’s

売上規模2兆6,000億円、約800店を展開するアメリカの百貨店。2011年に「オムニチャネル企業になる」と宣言。オンラインストアで買った商品を、近所の店舗で返品できる。来店した店舗に欲しい商品がない場合は、店員が手元のモバイル端末で在庫システムにアクセスし、自宅への配送を手配。利便性は高まり、小規模の店舗で全商品の在庫を抱えるリスクを抑制。

Amazon

ECサイト。購買前の行動を可視化。さらにリアル店舗では、これまでのデータを生かした斬新な陳列方法やキャッシュレスレジを実施。リアル店舗での消費行動も可視化。Amazonが把握している消費者の興味関心や消費行動は、出版社や著者にとっても貴重なデータとなる。

Warby Parker

低価格を実現する、アメリカのアイウェアEC通販。最大5つのアイウェアを無料で自宅に配送し、5日間お試しできる。リアル店舗はショールームとして位置付け。アメリカにおける実店舗の平米あたりの総売上は、Apple社に続く2位となる。

先行事例のような、デジタルイノベーションを起こしたいと考えている企業や経営者は増えています。そんな中で、まずは何に取り組めばいいのでしょうか。

これまでご紹介してきた、全てのことをやれということではありません。まず、最高の顧客体験が何なのかを考えてください。ペルソナを設定して、この人なら、どんな体験をしたら一番喜んでくれるのか。それを全社で合意しましょう。その中から、難しいことがあれば、優先順位を考えて落とせばいいのです。それがマネージメントの決断です。そして、全ては“個”客のために。これがデジタルマーケティングの真髄なのです。

参加者からの質問

最後に挙がった質問から、一部をご紹介します。

—アメリカでは、80%以上の企業にCIO(最高情報責任者)がいると聞きました。日本には20%しかいない。アメリカでCIOは何をしているのでしょうか?

石黒氏:日本にもCIOはいますが、中小企業ではあまり多くありませんね。CIOは、システム担当です。これまでのメイン業務は、いわゆるIT担当です。在庫管理や会計システムなど、企業にはなくてはならないバックオフィス業務を担っていました。今はそれが変化し、CMO(最高マーケティング責任者)と密接に関係しています。アメリカでは最近、CXO(Chief Experience Officer)も増えているんですよ。

—ものづくりのBtoB企業に勤めています。顧客接点から興味関心を把握することは、BtoCよりも難しいように思います。

石黒氏:BtoBのマーケティングは、ある意味BtoCよりもやりやすい部分があります。まずBtoB企業で認識を新たにしてもらいたいのは、ユーザー行動は法人も変わってきているということ。興味があるものをすでに調べていて、それを営業担当者が把握することが求められています。企業が「製品説明に来てくれ」という状態は、70%は買う可能性があって、A社B社C社の比較表まで作って待っている人もいるほどです。そういう人に、これまで通りの営業方法は通用しません。

そこで何ができるか? セミナーなどで名刺を交換したら、住所名前、メールアドレスがわかりますよね。テクニックとしては、なるべく早くWebサイトなどに「ログイン」してもらうこと。お客さまのことを知った状態でお話ができるかどうかが重要だからです。

企業としては、大きいもの・高いものの商談は対面でやりたい。少額の商品はECで済ませたいと思っているところが多いです。なので、それには営業担当者がどこを訪問して、どんなやりとりがあったのかといった情報管理を社内でしておくことが必要です。また、高額商品はECだけで売るのは難しいけど、高額商品であればあるほど、カスタマイズができたり、利用方法がいろいろとあります。Webサイトの中に、利用例や成功事例を乗せておくのもいいでしょう。

—(「中部圏イノベーション促進プログラム」より)名古屋では、マーケティング系、デジタル系の会社の比率が相当に低い。流れを変えていかなければと考えています。この地をどう見ていますか?

石黒氏:これからは、いろいろと変わってくると思います。大学発の研究が助けとなって地場が良くなってくるのは、スタンフォード大学では典型的なものでした。産学の連携では名古屋にもいい大学がありますし、起業も盛んになっています。ものづくり企業も多いので、品質改良を重ねていいものを作れる、そういった資質を持っていると思います。なので、マーケティングを通して会社を改革していくことにおいては、これから将来性があるでしょう。

ユーザーの価値観は変化し、消費行動の範囲も買う前から買った後までと幅広くなりました。良いモノを作って与えるだけの一方通行では、立ち行かなくなります。いかに多くのデータを集め、それをうまく活用できるかが重要となってくる。そんな学びを得られた講演でした。

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