1月18日(金)、中部経済連合会主催の「中部圏イノベーション促進プログラム第5回講演会」が、名南コンサルティングネットワークセミナールームにて開催されました。今回は、名古屋商科大学ビジネススクールの澤谷由里子氏が登壇。「サービスイノベーションとは何か~事例から得られるヒント〜」をテーマに、国内外の研究データを踏まえて今後の企業戦略が語られました。
登壇者プロフィール|澤谷由里子 氏
東京工業大学大学院総合理工学研究科システム科学専攻修了。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。(株)日本IBM入社。情報技術の研究開発、IBM東京基礎研究所にてサービス研究に従事。科学技術振興機構サービス科学プログラム(S3FIRE)フェロー、早稲田大学教授などを経て、2018年4月より名古屋商科大学ビジネススクール教授(現職)。経済産業省産業構造審議会商務流通情報分科会「情報経済小委員会」委員「サービス産業の高付加価値化に関する研究会」座長代理「攻めのIT投資評価指標策定委員会」委員等。早稲田大学ビジネススクール非常勤講師、早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構客員上級研究員、INFORMS Service Scienceおよび情報処理学会の編集委員を兼務など多数。
製品を価値提供のための媒体と位置付け、新しい価値を与えるのがサービスイノベーション
トヨタ自動車をはじめとした、製造業が盛んな中部地域。輸送機械などの産業や、繊維、陶磁器などの地場産業の全国シェアが高くなっています。しかし、世界に目を向けてみると必ずしもそうとは言えません。中部地域が持つ技術力をより発展させるには、今後、何が必要なのでしょうか。そのヒントのひとつに「サービスイノベーション」があります。「サービスイノベーション」とはどのようなものなのか、名古屋商科大学ビジネススクールの澤谷教授は以下のように語りました。
サービス業あるいは製造業の対立ではなく、私は“サービスシステム”と捉えたいと考えています。人があり、あるいはその中で技術や製品がある。そして、そこにはネットワークや情報が流れています。サービスシステムにおいて、新しい価値を作っていく、それが今求められているイノベーションではないかと考えています。
現代社会では、サービスイノベーションを進めていく中で重要なことがあります。それは、単に新しい製品を提供するということだけではなく、その製品を使って顧客同士がコミュニティを作り、いかに新たな価値を付け加えるかということです。
“サービス”といえども、顧客を私たちの最終製品の受け取り手として捉えるのではありません。顧客がどのように考えているのかを、必ず最初からきちんと捉えてサービスの提供価値を考えていく。イノベーションといえば、生産性の向上や価値の創造とよく言われていますが、今回は新しい価値にどうやってたどりつくのかを考えていきます。
一般的にイノベーションとは技術革新を指し、企業の優れた技術力を評価する1つの指標に、特許取得数があげられます。2017年のアメリカ特許取得数ランキングでは、上位20位以内に日本の企業であるキヤノン、トヨタ自動車、ソニー、東芝、三菱、パナソニックがランクインしています。
アメリカでの特許取得数ランキングでは、日本の企業が上位に複数入っています。しかし、企業の時価総額で見てみると、結果は異なります。ここから、イノベーションに直結していると思われていた指数と企業の価値に、とても差があるということがわかります。
2017年のアメリカ特許取得数ランキングにて、ソニーは11位、Appleは12位と接近している両者。2019年1月現在の時価総額ランキングを見ると、Appleはアメリカ国内において3位、ソニーは日本国内で7位と差が見られます。果たしてこの違いはどこからくるのでしょうか。
Appleとソニーを比較
ソニーとAppleのアメリカ特許取得数ランキングを2000年から2016年で比較すると、ソニーはこの16年間継続して高い順位にありました。Appleは、2000年で100位以下と高くはありませんでしたが、徐々に順位が上がってきた経緯があります。次に、両者の研究開発資金(R&D)を比較すると、2000年はソニーがAppleより非常に高い研究資金を投入していますが、2016年まではほぼ横ばい。Appleの研究開発の資金(R&D)は増加傾向にあり、2013年にはとうとうソニーを超えました。
一般的に企業の研究開発資金(R&D)は、売上に対して何%という形で投資をしていきます。両者の差はなぜここまで開いていったのでしょうか。澤谷氏は「2000年以降に両者が販売開始をした製品を思い浮かべてみてください」と切り出しました。
2001年にAppleからオリジナルモデルが発売されたiPodは、製品そのもので価値が出てくるものではありません。iPodがネットワークに繋がり、iTunesという音楽などのコンテンツが集まっているサイトがあり、そこで音楽を買って聴けるようになる。アプリケーション・ミュージックというコンテンツサーバー、そしてハードウェアといったものが組み合わさって、サービスシステムという形になっています。ここで非常に大きな価値を見出され、人々の暮らしを変えていきました。
Appleは2000年以降、iPodをはじめとしたiPhone、Apple Watchなど、新しい製品をリリースし続けています。また同時に、製品をとりまくサービスシステムを展開することで、私たちの生活を変えてきたことがよく分かります。
Suicaの開発・導入は「失敗」の歴史であった
東日本旅客鉄道が発行しているICカード乗車券「Suica」は、ソニーの非接触式ICカードの技術方式「FeliCa」を採用しています。ソニーの高い技術の恩恵を受けて、私たちの日常生活はより便利で快適になっています。これはまさしくサービスイノベーションと言えるでしょう。澤谷氏は講演の中で、Suicaの開発に携わった椎橋章夫氏(※)の事例を紹介しました。
(※)椎橋章夫氏…JR東日本の「鉄道事業本部 Suica システム 推進プロジェクト」担当部長を歴任。
Suicaの開発導入は、椎橋氏に言わせると失敗の連続だったそうです。ただし、彼らは“良い失敗”をどんどんしていました。“良い失敗”とは、失敗した後に、どういう失敗をしたのかを共有して分析すること。その反対にある“悪い失敗”、あるいは企業のすべきではない失敗とは、失敗したときにそのことをうやむやにして、そこから学ばないことです。
そうすることで、その失敗はあまり価値がなくなってしまうのです。反対に良い失敗をしないと学びが起きないと言えるでしょう。人間は失敗するものであり、失敗からいかに学ぶかということがすごく重要です。これはデザイン思考のアイデアを実施されている方たちが言っていることと同じですね。
デザイン思考とは、AppleやGoogleなどの世界を先導するIT企業が採用している、ソリューションを選定するための方法およびプロセスのことです。デザイン思考では、顧客視点で仮説検証し製品を生み出すため、ユーザーを中心としたアプローチが可能になります。
サービスデザインを説明するときに言っているのが“三方よし”です。顧客・従業員・社会にとって良いものというのは、社会が欲している、やるべきことです。こういうアイデアを見つけたら、やる。Suicaの開発に携わった椎橋氏は、夢を持ってやることが重要だと言ってらっしゃいます。むしろ、それをするのが人間の特権ではないかということらしいです。サービスイノベーションとは何か?というのは、こういうところに尽きると思います。
続けて澤谷氏はこう語りました。
まずは夢を持つこと。どんな価値を社会に作り出して行くのかがとても重要になってきます。その時に、第一はお客さまにとって価値ある製品はもちろん、それだけではなく従業員はそれを提供することが喜びになる。やって良かったなと思えることは、従業員にとっても重要なことなのです。
今回出てきた事例のような、サービスイノベーションを起こしたいと考えている企業や経営者は少なくありません。そんな中で、まずは組織内でどのようなことに取り組めばいいのでしょうか。
資本がある企業が新しい夢を実現する、その時に重要なのはシニアマネージャーです。例えば若い人たちが、奇妙なアイデアを言ってきたりすると、大抵はつまらないアイデアだったりするんですね。そのときに夢を持った若い人たちを傷つけるシニアマネージャーはいけません。一緒にリスクを取って動いていく、そういうことができてくるとサービスのイノベーションがおこるのではないでしょうか。
参加者からの質問
最後に挙がった質問から、一部をご紹介します。
ー企業が躊躇なく試行錯誤でき、昨日よりも安いコストで、お客さまに喜んでもらえるサー
ビスを提供する。それは人間しかできないのではないでしょうか?
澤谷:東京ガスさんが、デザイン思考を取り入れて、ガス検針のプロセスを改善したという事例をご紹介します。現場にデザイン部門の職員が同行してわかったことがあります。ガス検診に行く職員は、インターネット環境のないトラックで紙のマニュアルをたくさん持っていき、車内ではマニュアルを見ながら次に行く検針の現場で必要な項目を読んでいるということ。また検針ではチェック項目を紙にメモし、会社に戻ってからレポートにまとめていたそうです。
そこで、現場で仕事を終えられるように、ガス検針のマニュアルは全てオンラインにし、レポートもクラウド上で作成できるように変更したそうです。現場に行って現場を知ることで、今までと同じサービスを、より良く迅速に低コストで実施できるよう改善できたのです。そういった地道な改善にデザイン思考は使えると思います。
ー今後、革新的な人たちが大切になってきますが、組織の人間の100%がデザイン思考的になる必要はないのでは?
澤谷:組織の何%が革新的な人になればいいのか?そのパーセンテージは私もつかめてません。しかし組織の中で、そのような人たちを許容するような文化ができているといいのかなと思います。
ひとつ例として、私のIBM時代に実施した研究をご紹介します。研究所では、コンサルタントと顧客問題を解決をするオンデマンドイノベーションサービスを実施していました。当時、顧客視点で研究を考えられる人材というのは、どうやったら作れるのか?組織に何%ほどそういったコンサルタントと協力してやることを試したらよいのか?と実験しました。その当時の結果は、約20%くらいの人がそういった経験をして研究所に帰ってきてもらうと、研究所内の雰囲気が変わってきたという結果が出ました。
現在、企業によっては全社員にデザイン思考を教育するところもありますし、トップから実施するという企業もあります。組織の中で何パーセントと一概には言えませんが、全てが全て革新的な人になる必要はないのではと思います。
中部地域には、国内外と比較しても技術力の高い企業が数多くあります。これからの時代は、製品を作って顧客に与えるだけではなく、新たな社会的価値と一緒に顧客視点の製品を届けることが重要になってくる。そんな学びが得られた講演でした。