「人工知能はビジネスをどう変えるか」~人の幸せのためのテクノロジーに向けて〜中部圏イノベーション促進プログラム株式会社日立製作所フェロー矢野 和男氏登壇レポート

投稿者: | 2019-03-20

2月28日(木)、中部経済連合会主催の「中部圏イノベーション促進プログラム第6回講演会」が、株式会社愛知銀行名古屋駅前ビルの多目的ホールにて開催されました。今回は、株式会社日立製作所フェロー矢野 和男氏が登壇。「人工知能はビジネスをどう変えるか」~人の幸せのためのテクノロジーに向けて〜をテーマに、国内外の研究データを踏まえて今後の企業戦略が語られました。

登壇者プロフィール|矢野 和男氏
株式会社日立製作所フェロー。山形県酒田市出身、1984年早稲田大学物理修士卒。日立製作所入社。91年から92 年まで、アリゾナ州立大にてナノデバイスに関する共同研究に従事。2004年から先行してビッグデータ収集・活用で世界をけん引。論文被引用件数は2,500 件、特許出願350件を超える。「ハーバードビジネスレビュー」誌に、開発したウエアラブルセンサが「歴史に残るウエアラブルデバイス」として紹介されるなど、世界的注目を集める。博士(工学)。IEEE Fellow。電子情報通信学会、応用物理学会、日本物理学会、人工知能学会会員。日立返仁会 監事。東京工業大学大学院特定教授。文科省情報科学 技術委員。これまで、JST/CREST 領域アドバイザー、IEEE Spectrum アドバイザリ・ボードメンバーを歴任。

人工知能(AI)は人を幸せにするためにある

ビジネスのデジタルシフトに向けて、人工知能(AI)の研究開発に取り組む株式会社日立製作所(以下、日立)。同社のフェローである矢野氏は、収集した膨大なデータをビジネスに活用するには、人工知能の存在が必要不可欠であると語りました。

人工知能により、あらゆる人は“実験と学習の主体”となります。市場や競合などの変化への適応力が抜本的に高まり、経営者や現場の経験や勘を人工知能とデータが増幅し、既存のルールから解放できるようになるのです。

「人工知能」と聞いて、人と人工知能はどちらが優秀なのか?というテーマで、囲碁やチェスの対決をテレビ中継などで見たことのあるのではないでしょうか。これらは特定の用途に限定された用途特化型AIです。用途特化型AIは囲碁やチェスなどに限らず、ウェブ検索など私たちの身の回りに浸透しています。

用途特化型AIに対して、多様な問題に対応する多目的AIの存在があります。矢野氏は講演の中で「AIは多目的化のフェーズに入りました」と語りました。では、多目的AIとはどのようなものなのでしょうか。

膨大なデータから百万個を超える仮説を作る「Hitachi AI Technology/H」

2015年に日立が発表した多目的AIの「Hitachi AI Technology/H」。データから100万個を超える仮説を自動で生成し、多様な目的に対応します。

こちらの動画に出てくるブランコと鉄棒ロボットは、多目的AIにつなぎ「振れ幅を大きく」とアウトカムを設定すると、最初はやみくもに動いているように見えますが、徐々に人間と同じような動きをし始めました。

多目的AIの適応条件は、3つ。アウトカムが明確・定量的である、AIが支援すべきアクションが明確である、そのコンディションのデータがあることです。

そして、多目的AIの適用は拡大しており、現在は多目的AIのHitachi AI Technology/Hの導入をしている案件は16分野60案件を超えていると矢野氏は語りました。また、多目的AIのHitachi AI Technology/Hの導入により、物流倉庫の生産性の8%向上、コールセンターの受注率の20数%向上など、さまざまな分野でビジネスの生産性が向上しています。

ハピネスソサエティとは

近年、日本では長時間労働や非正規雇用による格差など、働き方を取り巻く社会問題に注目が集まっています。その中で、働き方と個人の幸せについて、企業だけでなく社会全体で課題に向き合う流れになっています。矢野氏は、2018年2月にドバイで開催されたワールドガバメントサミットにて、一大テーマとして注目されていた「ハピネス(幸せ)」について紹介。ハピネス(幸せ)とは、個人のものと捉えられがちですが、集団現象であるということを行動データが示していると矢野氏は語りました。

アラブ首長国連邦連邦の取り組みとして、政府は国民のハピネスのためのものと宣言し、ハピネス省を設立し、ハピネス大臣を任命しました。そして、あらゆる立法は、ハピネス大臣によるアセスメント(国民のハピネスに対する)が必要な仕組みになっています。

そして、矢野氏はハピネスについてこう強調しました。

ハピネスは時代・文化・個性によって異なるものであり、幸せとは互いに影響を与え合った結果です。そして、ビジネスとは、顧客、同僚取引先など自分に関わる人を幸せにする活動であり、その結果がプロフィットという数字になるのです。

ハピネスAIアプリ「Happiness Planet」

画像:HITACHI公式サイト「Happiness Planet」のニュースリリースより引用

次に矢野氏が紹介したのは、日立製作所が2017年6月にリリースしたアプリケーション「Happiness Planet(ハピネスプラネット)」です。Happiness Planetは、ひとりひとりに合わせた働き方改革を支援するクラウドサービス。スマートフォン上で、ユーザーがその日の状況に合わせて、自分の仕事で工夫したいことや挑戦したいことなど、働き方の目標(働き方チャレンジ)を毎朝登録します。

ユーザーが自ら目標設定することにより、仕事に対して主体的に向き合える効果が期待できます。効果測定は「組織活性度(ハピネス度)」として、スマートフォンの加速度センサの情報から算出され、目標に対する効果を定量的に把握できます。日立製作所はHappiness Planetを自社の財務・営業・生産・調達・人事グループの約600人で活用を開始しました。

また、同社は2018年9月に3週間にわたるチーム対抗競技会をHappiness Planetのアプリ上で開催。175チーム、約1,600人以上がゲーム感覚で参加し、チームの働き方改革のヒントを得ました。参加者に実施したアンケート結果を3日目と17日目で比較すると、「道を見出す力」「自己効力感」「レジリエンス」「楽観性」の項目で向上が見られました。

日本はこんなに物質的に豊かであっても、自殺者やうつ病患者が多いです。何かこの社会は方向性を間違えているのではないかと、いろいろな人が思い始めています。

このように、矢野氏は会場に向けて問題を提起し、続けて海外の事例を紹介しました。

アメリカのイエール大学が、数年前に開講したハピネスのクラスがあります。たった1度の開催で、全学年の1/4にあたる約1,200名が受講したそうです。学生はいわゆるミレニアル世代で、この大学に進学する若者は物質的には豊かな人が多いはずです。しかし、どうすれば自分の人生が幸せになるのか?と真剣に学んだそうです。

日本では、これまで当たり前とされてきた働き方を見直す動きが求められています。そして、自分自身の働き方はもちろん、チームのハピネスをより向上したいと考えるはずです。そのときに、働き方改革のヒントになるのがAIアプリ「Happiness Planet」ではないでしょうか。今後、日立製作所はHappiness Planetの2019年度の事業化を目指します。

人工知能は社会の多様性を育て、多様な強みを活かす

人工知能がビジネスをどう変え、私たちの生活にどのような変化をもたらすのか。矢野氏は以下のように強調しました。

ハリウッド映画で取り扱われる人工知能の題材は、人間を陥れる悪者として表現されることもありますが、現実の人工知能とは全く異なります。人工知能は人の幸福感・生産性を測り、最大化できるのです。また、人工知能は社会の多様性を育て、多様な強みを活かせるようになります。人工知能は人を幸せにするためにあるのです。

参加者からの質問

ー人工知能の技術は、ディープラーニングではないアプローチも進化しているのか?

矢野:人工知能におけるディープラーニングは、あらゆる分野と掛け合わせて進化しています。現在、人工知能の学会では参加者登録を開始して数分で1万人の会場が埋まるほど、発表者も参加者も多いです。いろいろな切り口がありますが、最近の機械学習だとデータが課題となっており、演繹法的な知識などもアーカイブ的に100通以上の論文が毎日出ています。例えば、人工知能と物理学などさまざまな分野を掛け合わせています。

ー講演の中に出てきたハピネスについて質問です。組織の中で「ハピネスが高い状態」は特徴がありますか?

矢野:「ハピネスが高い」「まわりをハピネスにする」ということは、何かこうやれば良いのだという安直な答えはありません。コミュニケーションが多いから良い、少ない方が良いなど、そういう判断基準はないのです。ハピネスとは、その人が置かれた場所に応じて多様にあるものです。

近年、ロボットや人工知能により業務の効率化や働き方改革が注目を集めています。私たちが働く上で、人工知能は幸福感や生産性を測り、最大化してくれる存在になる。矢野氏の講演は、現代の日本企業に求められる働き方改革のヒントに人工知能が大きな役割となっていることを期待させる時間となりました。

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