農業従事者の高齢化や人材不足など、さまざまな課題が山積している農業。栽培管理システムや農作業をアシストする機器など、生産管理や栽培技術にITやICTを取り入れることでイノベーションを起こそうとする農業スタートアップが注目を浴びています。
そんな中、栽培技術の対岸にある“作物側”からイノベーションを起こしているのが名古屋大学発ベンチャーのグランドグリーン株式会社です。同社の代表取締役 丹羽 優喜氏に、同社の技術や目指す未来を伺いました。
丹羽 優喜|プロフィール
1985年、岐阜県生まれ。京都大学を卒業、京都大学大学院生命科学研究科を修了。同大博士研究員、助教としてキャリアを積む。2016年に名古屋大学へ移り、2017年にグランドグリーン株式会社を共同創業。約1年後、代表取締役に就任。生命科学博士。
研究から生まれたシーズを社会実装へ
若目田:丹羽さんのプロフィールを教えてください。
丹羽:岐阜県出身で、現在は名古屋大学で研究に従事しながら、グランドグリーンの代表取締役を務めています。もともと、農業に関する研究をして、世の中の役に立ちたいと思っていたので、高校では農業を学び、京都大学の農学部に進学しました。
ただ、実際に研究する中で、社会実装までは遠いなと感じて。植物がどのように生きているのか、どうやって進化してきて、どのようなメカニズムで子孫を残していくのかなど、生物学的興味を突き詰める基礎研究に注力していく方向に向かっていきました。
若目田:起業から現在に至るまでどのような道をたどってこられたのでしょうか。
丹羽:弊社の共同創業者である野田口理孝の研究から、接ぎ木の特許技術「iPAG技術」が生まれました。それを社会実装するため大学発ベンチャーを立ち上げることになり、そこで声をかけてもらったことがきっかけで、私も参画することになりました。
若目田:何が決め手となり、参画することになったのでしょうか。
丹羽:社会実装に向けて事業を起こせるチャンスがこの分野にもあるんだと気付かせていただいたことですね。
当時私は大学の助教でしたが、京都大学から研究員として名古屋大学に移り、それから1年後くらいに起業することになり、そのタイミングで完全に会社に移りました。
初めの1年くらいは野田口が代表で、その後は私が代表に就任。野田口研究室は大学で研究を続け、私たちは会社で事業を進めていくという形で役割分担をして、今に至ります。
若目田:それまでビジネス経験はありましたか?
丹羽:大学で学位をとり、そのまま研究員から大学の助教になったので、ビジネス経験は全くないんです。
でも、VCと一緒にベンチャーを立ち上げて、ビジネス経験がある人や弁理士、弁護士、会計士などを紹介していただき、サポートしてもらいながら事業開発を進めてきました。
「iPAG技術」は接ぎ木市場のさらなる拡大の呼び水に
若目田:現在の市場規模はどれくらいなのでしょうか。
丹羽:市場という意味では大きく、世界の子苗市場の全体でいうと4.5兆円、そのうち「接ぎ木」は7,000億円と言われています。ここ数年で伸びていて、5年で2倍弱ほど伸びていますね。
若目田:その背景には何がありますか?
丹羽:接ぎ木をすると効率よく生産性が上がり、それがどんどん広まっているからです。
実は、接ぎ木の苗の半分くらいはトマトなんですよ。トマトは、大きく分けて2つ。缶詰やジュースになったりする加工用トマトと、サラダなどで食べる生食用トマトがあります。生食用のトマトの方が単価は高く、手間をかけておいしいものに育てています。
トマトをハウス栽培すると5mくらいの木になるのですが、根っこから水を吸い上げてその高さまで…となると問題が起こってしまいます。水を吸い上げる力が強くないと、木が5mになったときに、実がつかなくなってしまう。その高さまで水を吸い上げるためには、強い根っこが必要です。
でも、おいしい品種で強い根っこを作ろうとすると大変で。ではどうすればいいのか。強い根っこの品種の上に、おいしい品種を接ぎ木するだけでたくさん取れるようになるんです。そんなに単純な話ではないのですが、原理としてはそうですね。
若目田:では、グランドグリーンの接ぎ木技術「iPAG技術」について教えてください。
丹羽:我々の技術はアウトプットの出どころがいくつかあり、タバコ属の植物を媒介にすれば、あらゆる植物を接合できることを発見したというのが一つの大きなブレイクスルーでした。
組み合わせでトマトの例を出しましたが、これまでの接ぎ木だとトマト同士、ウリ科同士ななど、同じ仲間同士に制限されてしまいます。それが、タバコを介することで、もともとくっつかない2種類の植物がくっつき新しい接ぎ木の苗ができる。そうしてこれまでにない形質を持つ接ぎ木苗を作れることが、一つ目の応用例です。
もう一つは、タバコの接ぎ木を介して、ゲノム編集ツールやバイテクツールをいろんな作物に送り込めること。遺伝子組み換えで作物を直接いじらなくても、タバコに入れて送り込めるんです。
若目田:新しい接ぎ木苗の組み合わせや新品種を短期間で作れるようになると。
丹羽:そうですね。
若目田:ただ、接ぎ木というと手作業のイメージがあります。そこを解消することは可能なのでしょうか。
丹羽:現在、手作業の8倍のスピードで接ぎ木ができるシステムを現在開発中です。植物を抑え込むための「接ぎ木カセット」と、それを自動で接ぎ木するための装置、この2つを合わせて「自動システム」と呼んでいます。
カセットは量産できる段階に入っていて。これを使えば、技術がない人でも、これまでの2倍くらいのスピードで接ぎ木ができます。なので、まずはカセットを量産して販売していくところから初めようとしています。
労働集約型産業の農業にもブレイクスルーを
若目田:農業は労働集約型産業と言われており、接ぎ木でも実際に人の手がかかっている現状もありますよね。この業界にどんな変化をもたらしたいと考えていますか?
丹羽:新しい品種をどんどん作ることがまず一つ。そして、接ぎ木苗を生産する現場の生産性を上げることですね。
先ほども申し上げたように、接ぎ木苗の市場は伸びています。結局そこが労働集約的なので、人を集めないと拡大しない。日本国内でも接ぎ木苗が足りておらず、苗業者に聞くと「受注しきれないからピーク時は断っている」と言っているほどです。
そこの生産性を上げれば接ぎ木の市場は広がり、農業自体の生産性も上がっていくのではないでしょうか。
若目田:グランドグリーンの接ぎ木技術を応用してシステムを売り、生産性を上げて、品種改良も進める。すごくきれいなビジネスモデルですね。
丹羽:複雑で時間がかかりますが、さまざまなソリューションをいろんな角度で提供したいと思っています。
これまでの農業のスタートアップといえば、ICTやドローンを使うなど、栽培技術に特化しています。
例えば、自動収穫などの技術が出てきたとき。彼らの場合、それに合う作物はどんなものか、既存の作物をいかにうまく処理するのかといった考え方です。しかし我々の場合は、植物そのものにフォーカスしていて。
若目田:種苗そのもののポテンシャルを上げるという発想ですね。
丹羽:そうですね。我々は作物側からアジャストしていくことで、相乗効果により生産性が上がっていくのではないかと考えています。作物を自在にデザインするという訳ではないのですが、そういった発想が重要で。
接ぎ木によって、既存の作物の組み合わせでこのようなものならできる、遺伝子を自在に改変できるゲノム編集を使ってここなら短期間で変えられますよと提案していくことでシナジーが生まれるとより良いですね。
若目田:ありがとうございます。では、何かハードルになるようなものはないのでしょうか。
丹羽:この技術が何にでも使えるというアピールはするのですが…何に使うのかが見えてこないとビジネスになっていかないことですね。
農業の分野は、土地や国によってそれぞれで。日本でも、北海道の農業と九州の農業は全然違うと思うんです。だから、「この作物さえ作れば世界が救われる」といったものは存在しなくて。
結局は、現地でどれだけパフォーマンスを出せるのか、生産性を上げられるか。仮にうまくいったとしても、他の場所ではそうなるとも限りません。
現実的な話にどんどん入っていくと市場も小さくなってしまい、視野も小さくなってしまいます。なので、世界的に展開しているような大きい種苗会社などとパートナーシップを組んで、国や土地に適したソリューションを積み重ねていくことが重要だと考えています。
若目田:ありがとうございます。採用に関しては何か計画はありますか?
丹羽:今年は資金調達をするので、そのタイミングで採用できたらと考えています。研究開発となるとニッチな分野ですが、興味があり、いろんなアイデアが出せる人だといいですね。
また、企業との共同開発が多いので、食品会社に提案やヒアリングをすることがあります。そんな仕事を軽いフットワークで動いてくれる人が必要かなと考えています。
農学系のバックグラウンドがあるに越したことはありませんが、基本的なことを全て理解している必要はありません。説明して理解してもらいますので。むしろ、リアルなビジネスにつなげていける経験やモチベーションを持っている方が重要ですね。
編集部コメント
栽培技術ではなく、作物側の視点から農業に変革をもたらすグランドグリーン。同社のPR動画では、iPAG技術によりペチュニア・クロサンドラ、バラ・トマト・ブドウが1つの木として育っていく姿が映し出されています。そんな同社の技術により、常識を覆す新たな作物を生み出すかもしれません。