2018年6月に、国会で可決・成立したTPP(環太平洋連携協定)。工業品の輸出関税の撤廃で、海外でも評価が高い日本の伝統工芸品や、地場産品の市場拡大にも期待が高まります。
今回は、日本の伝統工芸品を中心とするECサイトを運営している、日本デザイン・マーケティング株式会社のCEO早瀬氏にインタビュー。その起業ストーリーと今後の展開について、お話を伺ってきました。
早瀬 由芙 氏|プロフィール
名古屋工業大学大学院卒業後、食品メーカーに就職し、マーケティングおよび新商品開発を担当。2014年に日本デザイン・マーケティング株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。同年より、デザイン性の優れた国内の伝統工芸品を中心としたECサイト「日本デザインストア」を運営開始。ものづくりに限らず、日本のあらゆる文化やデザイン、技術を国内外へ発信している。
日本の職人が作り上げる伝統工芸品を世界に発信したい
小澤:早瀬さんは食品メーカーに就職してから、起業されています。現在の事業に繋がるバックグラウンドについて教えてください。
早瀬:豊田高専の在学中に海外居住の経験があり、日本文化、特に日本の伝統的なものづくりに対して興味を持ったのが始まりです。
大学に進学後は、建築およびプロダクトデザインを学びました。そこで、伝統の継承と革新のためには、現在のライフスタイルに合った商品企画やプロモーションが必要だと痛感したんです。
大学院では、マーケティングを学びました。そこで、日本への興味・関心が高まっている諸外国での市場に可能性を感じて。2014年に会社を立ち上げ、日本の伝統工芸品を販売するECサイト「日本デザインストア」の運営を開始しました。
小澤:大学院を卒業した後、すぐに起業されなかったのですね。
早瀬:学生時代に「将来起業したい」という思いもあったんです。ただあの頃は、早く実体経済の中でものづくりをしたいという想いが強く、まずは資本力のある企業に就職しようと、「伝統的なものづくりのメーカー・全国展開をしている・地元」という3点を軸にご縁のあった食品メーカーに決めました。
小澤:日本デザインストアで取り扱っている商品と、市場規模について教えてください。
早瀬:弊社のECサイトで取り扱っている商品は、日本の匠が手から手へと次世代に継承してきた伝統工芸品を含む日本の地場産品です。市場規模でいうと、経済産業大臣の指定する伝統工芸品は1,040億円、その他の地場産品工芸品を含めると5,000億円以上の市場があります。
小澤:現在の商品販売は、ECサイトの運営のみです。実店舗の開設は念頭になかったのでしょうか。
早瀬:実店舗は、起業当初から創りたいと考えています。これまで、東京の老舗百貨店や海外の企業からもオファーは幾度とありましたが、決め手になる場所がなく、保留にしていました。
小澤:決め手にならなかった理由を教えてください。
早瀬:これまでオファーを受けた企業と、弊社のコンセプトが合わなかったからです。現在、伝統工芸業界はにわかに賑わっており、百貨店もテナントを欲しがっています。会社としては、百貨店に出店することで集客は見込めるものの、場所も表現方法も限られてしまう。
私たちは日本文化の発信者でありながら、非日常性を表現し、ゆったりとした空間でモノとの対話を楽しんでもらいたいと思っているんです。それはウェブでも実店舗でも一緒です。
自社コンセプトを体現する実店舗“ギャラリーホテル”
小澤:今後、オファーのあった企業と日本デザインストアのコンセプトが合致した場合は、実店舗の提携も考えているのでしょうか。
早瀬:実は、弊社単独で実店舗の事業計画が進んでおり、来年の夏以降に“ギャラリーホテル”を沖縄県の石垣島にオープン予定です。
小澤:“ギャラリーホテル”とは、どのようなものか具体的に教えてください。
早瀬:弊社の“ギャラリーホテル”は、日本の伝統工芸品や現地の地場産品を体験できるホテルです。具体的にいうと、客室のインテリアやアメニティを弊社で取り扱っている商品で設えます。そこで、お客さまに気に入っていただいたお品物は、ホテル内ショップやウェブでご購入いただけるようにします。
それと同様に、地域のこだわりのあるレストランやカフェとの協業によるギャラリー展開を構想しています。また、現地の工房さんと組んで工芸品のワークショップをしたり、オリジナルの商品を開発したりする予定です。
小澤:ECサイトの運営とホテル事業は、全く異なる分野ですが、マネージメントはどのように行っているのでしょうか。
早瀬:1人からスタートした弊社も、M&Aの経験がある渡辺をCFOとして迎え、会社を組織化して、スケールアップさせる方向に舵を切りました。これまで、ECサイトの記事作成は私1人でやってきましたが、ライターも育ち、私は経営に専念できる環境を整えています。
こうなればECサイトを0から立ち上げるのも、ホテル事業を0から立ち上げることも、「顧客にとって心地よい空間を作る」という基本概念は同じかなと。いろいろなトライ&エラーを繰り返しながら地道に育てて行けば、事業は成長すると思っています。
起業初期は、メーカーから商品の仕入れを断られる日々
小澤:起業当初は、買い付けから記事作成、顧客対応とほぼ1人で業務をこなしていたということですが、記憶に残っているエピソードを教えてください。
早瀬:商品の仕入れを開始したときは、メーカーにアプローチをしても「ネット通販」と言うと、7割はお断りされる状態でしたね。商談会で弊社が門前払いされる横で、有名セレクトショップがスイスイと商談を進めているのを見て、大変悔しい思いをしました。
また起業当初は、海外に向けての販売がメインの予定で、アジアを中心に2週間かけてリサーチを行いました。その途中で、「自分が本当にやりたかったことが工芸品の通販なのか?」と分からなくなった時期もあります。
しかし、ここで辞めたら起業は失敗で終わるのだなと。辞めるのも続けるのも勇気がいることですが、自分が仕入れた商品に関しては必ず世界に通用するという自信がありました。一度決めたことは結果が出るまでやろうと決め、黙々と商品の紹介ページを作り続けてきました。
小澤:ゼロからECサイトを作成し、商品を販売する中で、何かターニングポイントはあったのでしょうか。
早瀬:初期は倉庫管理もしておらず、検品は目視で伝票も手書き。顧客対応も全て1人でこなしており、出荷ミスやお客さまからのクレームも多発していました。飾り紐の水引は手結びで、お客さまへのお手紙も全て手書きなんて……今考えればオーバークオリティでしたね。
起業から1年経過し、出荷業務の従業員を採用して、1人でこなしていた業務を徐々に人に任せるようになって。その頃に、東日本大震災の被災地のお客さまから「こんなに丁寧な対応のネット通販は初めてです」と御礼のメールをもらい、初めてECサイトをやってきた甲斐があったと感動しました。ここがターニングポイントだったと思います。
事業と組織の成長に必要な経営者の心得
小澤:ホテル事業の参入など、会社の規模も大きく変化していく時期だと思います。事業展開をしていく上で、早瀬さんが経営者として重視していることを具体的に教えてください。
早瀬:規模を拡大する上で重視しているのは「事業の成長」と「組織の成長」の2点です。
小澤:まず、「事業の成長」について詳しくお願いします。
早瀬:はい。当たり前のことですが、日々コツコツと、自分たちが目指す世界に向かって事業を着実に成長させることが大切です。そのためには、弊社の理念である「日本をより良くしたい」「文化や価値観の魅力発信が国力増進に繋がる」に共感してくれる新しい仲間は必要不可欠です。また、それらを一緒に目指せるパートナー企業を探していきたいですね。
小澤:では、もうひとつの「組織の成長」についてはいかがでしょうか。
早瀬:こちらは、スタッフが短時間で高収入を実現できる組織作りをします。
この5年間、スタッフ一人一人に支えられ事業を続けることができました。私たち経営者には、理念の実現をサポートしてくれるスタッフやその家族に対して、幸せを追求するという責任があります。
働く時間は人生の大半を占めるので、会社にいる時間は可能な限り楽しくて幸せな時間を過ごして欲しいという想いがあります。心身ともに自由で安心安全の社風、それでいてきちんと成長して収益を上げられるための仕組みを作り、働くスタッフにとって最高の環境を提供できるようにしていきたいですね。
編集部コメント
日本のあらゆる文化やデザイン、技術を国内外へ発信している日本デザイン・マーケティング株式会社。ECサイトの運営みならず、ギャラリーホテル事業の展開を予定するなど、今後もどのように事業を拡大していくのか、期待が高まります。
(取材・執筆/小澤志穂、撮影/おぐらまみ)