#NALIC特集 日本のナノ技術を世界へ|定年後にシリコンバレーで伝説を残した日本人起業家が挑む

投稿者: | 2019-07-26

情報通信技術が急激に進歩したIoT/AI時代の今、それを支えるためのハードウェア・材料にはナノレベルの進化が求められています。BCCリサーチのレポート「成熟するナノテクノロジー市場:製品とアプリケーション」によると、世界のナノテクノロジー市場は、2016年の392億ドルから2021年までに902億ドルに達する見込み。ナノ技術はITだけでなく、バイオ・医療、化粧品、電池などあらゆる産業に応用できることから、21世紀におけるキーテクノロジーともとらえられています。

今回は、名古屋医工連携インキュベータ「NALIC」の入居企業特集として、革新的ナノ粒子を製造・販売する株式会社ケミカルゲートの取締役会長 曽我氏へのインタビューを行いました。

プロフィール|曽我 弘

1958年静岡大学工学部卒、東京大学より工学博士授与。1960年に日本電子から(株)八幡製鉄所に入社。同社新日鉄研究本部計測制御件センター所長を経て、1985年以来新日鉄エレクトロニクス事業部でコンピュータ周辺機器事業の事業化を推進。3Mをはじめ数社の米国企業とのジョイントベンチャーを設立、その日本での事業化を担当。新日鉄退職後、1991年よりシリコンバレーに移住し、画像圧縮技術開発のベンチャー企業EidesignTechnolgies,Inc.を設立し経営にあたる。1993年エクシング社に売却後、1996年にSpruce Technologies, Inc.を設立、2001年同社をApple へ売却。その後SVJEN(NPO)を設立し、バイオ関連ビジネスや、日米のスタートアップのメンターとして支援活動を行う。2010年に帰国後、能登左知と(株)KAPIONを設立しスタートアップ企業支援と日米間のオープンイノベーションを目指し、NEDO、総務省、日本総研等と協力。2012年Blue Jay Energyをシリコンバレーに設立、エネルギー関連ビジネスの大学や日本企業のコンサルタント(東北大学、IHI、ムラタ等)活動を行う。また2012年から慶応大学リーディング大学院で起業講座担当、その他NEDOや東京大学を中心にメンター活動中。2016年から日本および海外の高校生を対象にしたシリコンバレー式起業ワークショップ「GTE」を毎年和歌山市で開催。2017年12月に株式会社ケミカルゲートCEO、2019年6月より取締役会長に就任する。

社会的意義のある歯科材料の事業化を目指して

—NEDOの支援を受けて2015年3月に設立された株式会社ケミカルゲート。当初は、どのように関わっていたのでしょうか?

曽我:NEDOのメンターとして関わっていました。2014年から、NEDOは研究開発型のベンチャーを育成する「NEDO・スタートアップイノベーター(SUI)支援事業」をスタートしました。420社の応募の中から選ばれた14社のうちの1社が、ケミカルゲートだったのです。この事業では1億円の出資を受けて、2年間で目標を達成するというものでした。

しかし目標を達成することができずにチームは分解となってしまいました。ケミカルゲートは福井大学発ベンチャーだったので、最初2年間は福井大学との共同研究でした。そのため場所を貸してもらったりしていたのですが、それも借りられなくなってしまったのです。

現CTOの山田だけが「私は最後までやりたい」と残り、でも資金が一銭もない中でどうしようかという話になって。ケミカルゲートの持つナノ技術はいろんな分野に応用できるし、うまくうやれば大きな成果を得られると思い、“外”からアドバイスをしていた私が“中”から会社を操縦するため社長に就任し、知人からの投資を受けて2019年1月に福井からNALICに移ってきました。

—ケミカルゲートの現在の取り組みについて教えてください。

曽我:ナノ技術を使って、現状の価格帯よりも安い奥歯を実現する歯科材料を開発しています。奥歯は噛むと一番力がかかるところなので、ある程度の強度がないと割れたりしてしまうこともあります。これまでは、ある程度の強度がある材料といえばセラミックスでした。そうなると保険がきかない自由診療になるので、奥歯1本だけで10万円以上もかかってしまいます。

奥歯が悪くなってくる人は、高齢者が多いですよね。働いている人ならいいのですが、そうでなければ高額な治療費を払うのは難しい。安い歯科材料を選ぶとたくさん噛めなくなるので、脳に刺激がいかず、認知症になるリスクがグンと上がり、転倒の確率も4割ほど上がってしまいます。転倒は骨折にもつながるし、そうすると医療費がどんどん上がっていくわけです。だから、保険のきく安い材料で奥歯を入れられたら、もしそういう材料ができたら、困っている人をたくさん救えるのではないかと。そういうところに焦点を合わせて開発を始めました。

—開発費も相当なものですよね。

曽我:探し出したお客さまと共同で研究開発する計画を立てて、それに対してNEDOが7,000万円の補助金を出してくれました。それでも補助金は計画の3分の2までなので、残り3分の1は自分で用意しなければなりません。そこで日本政策金融公庫から資本性ローンを受けて、合計約1億円を集めました。この補助は2020年の3月で終了するので、それまでに事業化することを目指し、今必死になって開発しています。

ケミカルゲートの技術が可能にするもの

—ケミカルゲートの持つナノ技術は、歯科材料以外にも応用できるそうですね。

曽我:そうです。歯科材料の開発と並行して、名古屋大学の竹中教授との交流の中で見つけた、負熱膨張球状微粒子(温度が上がると縮む材料)『CG-NiTE』の共同研究が始まりました。これは非常に珍しいもので、いろんな産業界で使えるということがわかっています。

コンクリートを作るとき、セメントの中に小さな砂利を入れて混ぜますよね。これと同様に、産業界は材料が厚さ1mmや0.1mmといった世界なので、混ぜるためにはそこからさらに100分の1ぐらいの大きさにする必要があるのです。材料を小さくするには、機械的に壊すなどいろんな方法があります。しかし、そうすると構造が壊れてしまい、今度は縮まなくなってしまいます。最初から1000分の1や、そこからさらに100分の1レベルのナノ粒子を作ってしまえる技術が、弊社にはあります。

この研究が非常にうまくいき、今年の1月に展示会で発表したら、いろんな会社から興味を持ってもらえました。現在、50社ほどとコンタクトをとっています。

—『CG-NiTE』は、どのような産業に応用できるのでしょうか?

曽我:例えば、半導体の封止材料です。ICチップはサイズがどんどん小さくなり、ピンの間隔がどんどん狭くなっています。少しでも温度変化すると、ICチップが乗せられている基盤が伸びますよね。ICチップも同じように伸びないと、ピンのところに負荷がかかり外れてしまい、環境によっては寿命が短くなってしまいます。そこにこの材料をうまく使って、封止材と基盤の温度膨張係数を同じにしてあげれば矛盾がなくなり、寿命が延びるのです。

そのほか、5Gのモバイルアンテナにも応用できそうです。5Gのアンテナは波長が短いので、今のWi-Fiルーターのような使い方になるのではないかと言われています。Wi-Fiの場合は波長が長いので、ルーター内のアンテナは1つで良いのですが、5Gは波長が短いので多くのアンテナが必要になります。アンテナが埋め込んである材料とアンテナの材料が違えば、温度が上がったときにずれてしまいますよね。今はセラミックスのような温度変化のない高い材料を使っていますが、“高い材料”という意味では奥歯と一緒なのです。

—5Gの市場は、これから世界中で大きな需要を生みそうですね。

曽我:これから拡大する市場なので、5Gアンテナが安く作られたら日本でも海外でも大きな需要につながるでしょう。弊社の技術を用いた材料を使うことで、安く伸びないようなものを作れないかということで、とある企業と話を進めているところです。

将来の展望について

—今後の展望を教えてください。

曽我:名古屋大学との共同研究は、商品化までにまだ時間がかかりそうなので、それまでに
歯科材料の事業化で早期に売上を立てていくことです。そこで結果を出せれば、技術面はもちろんのこと、会社としての評価も上がりますよね。研究開発には資金が必要なので、それを得るための信用につなげたいです。

また後継者を探し、育成していきたいと思っています。これも資金を得るための信用につながることなので。

編集部まとめ

ケミカルゲートのナノ技術で、歯科医療のみならず、さまざまな産業界で「不可能」を「可能」にしていく道が開かれようとしています。またシリコンバレーでの経験を生かし、次世代の起業家の育成活動にも尽力する曽我氏。最後に、「今は、就職するなら大手企業と考える人も多い。でも私が活動する中で感じているのは、今よりもベンチャー企業が評価されるようになり、日本の未来は明るいものになるかもしれないということです」と語っていました。シリコンバレーで多くの伝説を残し、ここNALICでも歴史に残る1ページを刻もうとしています。

そんなケミカルゲートが入居する中小機構運営の名古屋医工連携インキュベータ「NALIC」では、産学連携のR&Dを中心とした愛知県内の医療・工学系ベンチャーが、数多く入居しています。

<入居検討者の方に向けて、曽我氏からのコメント>

NALICは中小機構が展開する施設なので、家賃が相場より安く抑えられ、会社の規模に合わせた大きさの部屋を借りられます。また周囲には住居やショッピングモールもあるので、生活面は充実していますよ。それから、名古屋工業大学へは徒歩5分、名古屋大学まではバスで15 分なので、共同研究もやりやすいです。電子顕微鏡のように高い装置が必要な場合でも、大学からレンタルできるので助かっています。そういった意味では、NALICは非常に地の利がある場所です。インキュベーション・マネージャーのサポートや、紹介が得られることもメリットですね。

NALICでは、今年度も入居企業を募集しています。ご興味のある方は、下記のリンクからぜひお問い合わせください。