厚生労働省が2014年に発表した「患者調査の状況」によれば、心不全の患者数は国内で30万人に上り、その数は年々上昇しています。適切な薬物治療を行っていても心不全は進行することも多く、末期心不全で唯一有効な治療法である心臓移植はそもそもドナー不足であるなど、治療方法の課題もあります。そんな中、名古屋に心不全の代替可能な治療を研究するスタートアップ企業が、最近注目を集めています。
今回の記事は、名古屋医工連携インキュベータ「NALIC」の入居企業特集として、重症心不全患者に対する *テーラーメイド 方式心臓サポートネット治療の事業化を目指す、医療系スタートアップ企業の株式会社iCorNet研究所で代表を務める秋田氏へのインタビューを行いました。
*テーラーメイド=オーダーメイド
プロフィール|秋田 利明 氏
1956年生まれ、福井県出身。株式会社iCorNet研究所代表取締役。金沢医科大学心臓血管外科学主任教授を経て、現在は名古屋大学大学院医学研究科特任教授。2016年に長年の研究成果を事業化すべく、iCorNet研究所を設立。
先進国で患者数が増加する、心不全の治療機器デバイスの開発へ
ー今のiCorNet研究所の前身となる研究は、どんな経緯で始まったのですか?
秋田:島精機製作所という、和歌山県にあるニット編み機メーカーの機械を使って、テイラーメイドの心不全治療のデバイスをつくることを思いついたのがプロジェクトの始まりです。2006年に開発をスタートしたので、もう10年余り研究しています。2007年に金沢医科大学の教授になり、教室の研究の柱として本格的に開発を開始しました。2016年9月に母校の名古屋大学に戻る際に特許をまとめる必要があり、その受け皿として現在取締役である佐々木取締役と一緒にiCorNet研究所を設立しました。
ー事業内容の「重症心不全患者に対するテーラーメイド方式心臓サポートネット治療」についてお伺いしてもいいですか?
秋田:近年、全世界で患者数が増加している心不全の治療機器デバイスの開発で、プレシジョン・メディシン(Precision Medicine、精密医療;患者に対し個人レベルで最適な治療方法を選ぶこと)ですね。
心不全は、疾患を問わず心臓が拡大することでさらに悪化していくので、この心臓サポートネットを使って物理的に心拡大を阻止します。心不全の重症度はNYHA分類という4つのステージで分類され、NYHA-III以上では安価で広く適応できる治療法がないことから、心臓サポートネットの需要が見込まれています。
医療機器はまず国の認可を取らなければ販売できないので、その前の段階の開発をしています。
医療系スタートアップ特有の課題を乗り越えるには?
ースタートアップだと、様々な課題があると思います。特に医療系となれば尚更なのではないでしょうか。
秋田:そうですね。一番の課題は、製造販売を担当する企業を見つけて治験のフェーズにまで持っていくことです。
医療機器の薬事承認と市販後の管理は製造販売元に責務があります。製販業はしっかりとした体制構築だけでなく、クリアすべき法律上の制約があり、スタートアップ企業ではすぐにできないので、最適なパートナー企業を見つける必要があります。その点は目処が立っています。
あとは、時間もかかります。薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)の下でヒトを対象とした治験をするので、医薬品医療機器総合機構(PMDA)に申請をして、承認を得て研究開発を進めることになります。
ー医療機器の開発は、莫大な費用が必要なイメージがあります。
秋田:これまでは国の補助金約4億円を頂き開発してきました。2018年2月にニッセイ・キャピタルから約1.5億円の資金調達を実施しています。
ー市場からはどのような評価を受けているのでしょうか?
秋田:医療関係者や、その道に精通している方からはご興味をもってくれるようになって来ました。
ただ、医療機器開発のエコシステムはまだまだ国内は十分でなく、技術や需要を深く理解して投資をしているところは少ない状況です。
医療機器市場は約2.8兆円の一大産業で、市場規模だけで見れば全世界伸びているのですが、治療機器と診断機器のうち、治療機器は輸入比率が極めて高く、外資系メーカーに牛耳られています。この現状を打開していきたい思いもあります。
ー国内の医療機器市場の課題ですよね。
秋田:医療機器はこれまで認証された製品は同じ性能であるという保証で認可をとってきました。テーラーメイドの治療機器は個々の製品が異なるので、そこをどうクリアするかポイントです。
ただ、国内でもテーラーメイド医療機器の事例が出始めてきています。例えば、川澄化学工業がステントグラフト(金属の骨格構造を持った人工血管)内挿術に使うテーラーメイドの治療機器を製造販売しています。このような前例が出てきているので、道は明るくなってきたかなと。
将来の展望について
ー今後の展望を教えてください。
秋田:まずは、第1世代の製品を製品化して販売の段階まで進めます。その次に第2世代・第3世代の製品を出していきたいです。特に第3世代の製品は市場ニーズも高く、また市場規模も大きいので、これはぜひ実現していきたいですね。
編集部まとめ
患者数が増える心不全の代替治療法を研究するiCorNet研究所。秋田氏が長年積み上げてきた研究成果が、着々と事業として形になっていく軌跡を、取材の中で捉えることができました。
そんなiCorNet研究所が入居する中小機構運営の名古屋医工連携インキュベータ「NALIC」では、産学連携のR&Dを中心とした愛知県内の医療・工学系ベンチャーが、数多く入居しています。
<入居検討者の方に向けて、秋田氏からのコメント>
“NALICには昨年7月から入居しています。大学の研究室では営利企業としての製造設備が作れないので、資金調達をしたタイミングでNALICを選びました。ドラフトチャンバー(局所排気装置)やクリーンルームの設置を前提とした施設の構造となっており、スムーズに製造に必要な設備を構築することができました。知財管理や会社経営に関してもNALICのスタッフの方にアドバイスをもらえて良かったです。”
NALICでは、今年度も入居企業を募集しています。ご興味のある方は、下記のリンクからぜひお問い合わせください。