MOF(Metal Organic Framework)は、金属と有機配位子を組み合わせることで、ジャングルジムのような骨格を形成する多孔性材料。貯蔵・分離・触媒などの性質を持ち、さまざまな産業に応用できる新素材として科学的に注目を集めています。そんな中で、コンサルティングを軸にMOFの実用化を加速さようとしているのが、名古屋大学発ベンチャーのSyncMOF株式会社です。
今回は、名古屋医工連携インキュベータ「NALIC」の入居企業特集として、SyncMOFのCEO畠岡 潤一氏、CTO堀 彰宏氏へのインタビューを行いました。
畠岡 潤一氏|プロフィール
代表取締役CEO。1984年生まれ、広島県出身。早稲田大学卒業後、(独)科学技術振興機構では日系測定機器メーカーに出向し、MOFに関わる装置の開発、評価基準策定などに従事。違う角度で企業を見てみたいという思いから外資系コンサルに転身後、さまざまな業界業種にて業務改善、課題解決を経験。またプライベートでも企業再生や起業家支援などを行う行動家であり、大の釣り好き。
堀 彰宏氏|プロフィール
取締役CTO。1980年生まれ、大阪府出身。岡山大学在学中、(独)日本学術振興会にて超伝導研究に従事し、博士号取得。将来性に惹かれ、専門を多孔性材料に変更後、(独)理化学研究所、京都大学にてX線を用いたガス吸着現象の機構解明に従事。現在、名古屋大学にて機能性新規MOFの創製、装置開発を行っている。またプライベートでは、愛車を転がしながらキャンプを楽しむ。
目的に合わせて自由自在に設計できる「MOF」
—MOFとは、どんな素材ですか?
堀:MOFはMetal Organic Frameworkの略で、簡単に言うと、穴がたくさん開いた「多孔性材料」です。よくあるのは、活性炭やゼオライト。MOFの構造は、ジャングルジムを想像してください。ジャングルジムのジョイント部分が金属、棒の部分が有機物になっています。
ジャングルジムの空間(穴)の中に入る分子は、近くにある金属の影響を受けます。だから、例えば空気中から酸素だけを吸着したい場合は、酸素と結合しやすいものをその空間の中に入れるとくっつきやすくなります。穴の中に機能を付け加えられるということです。
畠岡:それを自由自在に設計できるのがMOFの利点です。
堀:分子に合った空間を、思い通りに作れるんです。人間でも、気持ちのいい家は人それぞれですよね。その人にあった空間をデザインをする、建築家のようなものだと思ってください。
企業によって、課題はさまざまです。例えば、CO2の排出を抑えたい企業には、CO2を吸着できる素材を提供できます。
—どのような産業に応用できるのでしょうか。
畠岡:具体的にいうとキリがないほど、さまざまな産業に応用できます。期待される領域としては、エネルギー関連と環境保全関連。あとは医療分野や宇宙開発です。
たとえば、エネルギー関連なら、ガスの安全かつ効率的な大量の輸送、ナノ空間内の反応による天然ガスからの化学製品の生成・分離、排ガスから特定のガスの分離回収リサイクルなどです。
それから、医療分野なら呼気のガス成分の分析による病理診断デバイス。宇宙開発なら、宇宙空間内の有効資源の回収、宇宙船内の環境保全ですね。
MOFの本当の価値を生み出すために
—お二人が出会ったタイミングはいつ頃でしょうか。
堀:私が理化学研究所、畠岡が科学技術振興機構にいたときに知り合いました。当時は、大きな枠組みのグループでMOFの研究をしていました。
—なぜ起業に至ったのですか?
畠岡:MOFの将来性を感じたから、という一言につきます。MOFは誕生してから20年、数万種類が存在しています。ただ、こんなにも有用で高機能な材料でありながら、あまり世の中に広まっていません。だから、MOFの研究に携わってきた私たちが本当の意味で広げていく必要があると感じたんです。
—それだけ有用な素材なのに、まだ世の中に浸透していないのですね。
堀: MOFの知識と技術を持っているだけでは、MOFが世の中に広がらないんです。企業はいい素材があるとわかっていても、使い方がわからない。活性炭の場合は、デバイスとしての“形”があるから世の中に広がっているんです。
広げていくためには、物理や工学の知識も必要です。現在、私は名古屋大学で学問としてのMOFを教えていますが、もとは物理で博士号を取っています。
畠岡:私の専門は化学です。二人とも違うバックグラウンドを持っているからこそ、いろんな知識が合わさって、終着点としてMOFがあり、違う角度で見られるんです。
堀:専門家ばかりが集まると、また新たなMOFを作り出したくなってしまう。化学は多様性なので、いろんなMOFを作りたくなってしまうんです。すでに何万種類もあるMOFに新種のMOFを1個、2個と足していくことよりも、MOFを組み込んで実用化できるデバイスを1つ世に出すことが大事なんです。それをやるのが、私たちSyncMOFなんです。二人でやる意味はそこにあります。
畠岡:私たちSyncMOFは、MOFを大量に作り出す会社ではないんです。コンサルティングありきのビジネスモデルです。たとえ論文にすごい性能があると書いてあったとして、粉体を渡されて「これがMOFです」と言われても、使い方がわからなければどうしようもない。化学薬品なので、温度やどういう環境下で使うのかもわからないと怖いですよね。
堀:すごく小さな穴を持ったものなので、外部環境に敏感です。だからこそ、特殊なガスを吸ったり、酸素を吸ったりできる。私たちは、MOFの使い方を教えられるし、最適なものを自由自在にチューニングできるんです。
—それがSyncMOFの強みですね。
畠岡:そうですね。既存のMOF関連企業とは一線を画しています。化学と物理と工学、それにプラスアルファでAIも使っています。AIも非常に強く、総合的にコンサルティングできるのも強みで、唯一無二の存在だと思います。
基本的に、ベンチャー起業は何らかに特化していることが多いですよね。だけど今の時代、それでは弱いと思ったんですよ。もちろんMOFを基本にはしていますが、MOFはある意味手段であり、もちろん装置も作れますし、測定評価のプロでもあります。コンサルティングを軸に、性能評価、装置開発、商品開発、MOFの合成製造、あとはAI、それらを全て融合させることによって、本当の価値が生まれると考えています。
堀:それぞれの企業に沿ったシステムの全体の最適化を、私たちはAIを用いて分析しています。その上で、最高のソリューションを提供しています。そして、ソリューションの一つとしてMOFの使途を提案することで、実際にお客さまからも支持されています。
本当にいいものは、見えないところにある
—環境問題も素材の力で解決していけるのでしょうか。
堀:もちろん、MOFの性質を使えばCO2の削減もできます。とはいえ、そもそも環境問題はエネルギーのトータルバランスです。CO2削減といっても、単に削減すればいいというものではありません。
例えば、CO2を排出する工場に対して、MOFを使ってCO2を回収するとします。ただ、CO2を回収するためのシステムには多くの電力が必要になります。その電力を生み出すために、多くのCO2が排出されることになりますよね。だから、トータルバランスなんです。だからこそ、そのプロセス全体を考えて、CO2を回収するのがその会社にとって本当にいいのかを考えるんです。CO2ではなく、COの方を解決すべきかもしれません。そこの最適化は人間の計算ではなかなかわからないので、AIを使ったりします。
CO2の排出に困っている企業もあれば、CO2を買っている企業もあって、実は需要があるものなんです。今やカーボンを含むCO2からは、さまざまな化学製品が作れるようになってきています。
—そこが「MOF」とSyncMOFの将来性に結びついていくのでしょうか。
堀:そうです。私たちのように、ガスを自由に扱える会社は強いと思います。
畠岡:固形燃料や液体燃料と違い、気体は目に見えないから難しい。今までやれてこなかったけれど、今後はそこにフォーカスされると思います。私たちは、ガスに最適な居住空間、例えば容器なども作れるんです。
堀:水素自動車も走り出したということは、水素を蓄える容器があるということ。私たちはそういうものを作れるんです。
ただ、それだけを売りたい訳ではありません。これからはガスの時代になります。社会の産業構造を、MOFを中心に変えてやろう!と思っています。
畠岡:まさに我々が提唱する「ガスエコロジーな社会」の実現です。
堀:ガスがエネルギーになれば、エネルギーだらけです。日本のようにエネルギーが枯渇している国は、MOFを使って空気中からエネルギーを取ればいい。最終的には、宇宙からも取るようになるでしょう。現在のロケットは打ち上げに酸素等を使っていますが、宇宙にある資源を使って、永遠に走り続けるようになると思います。
畠岡:そういったこともあり、私たちは宇宙も見据えているんです。
—SyncMOFの目指す未来について教えてください。
畠岡:MOFが世の中に浸透することです。「ここにMOFが使われているの?」と思われるようなところに溶け込むようになればいいですよね。それが私たちが目指す未来です。
堀:本当にいい商品は見えないもので、ノーベル化学賞を受賞したリチウムイオン電池も、「こんなところに?!」と思った方も多いでしょう。製品の中にMOFが自然に組み込まれているのが本当の姿だと思います。
編集部まとめ
SyncMOFの設立は2019年6月ですが、畠岡氏・堀氏の確固たる信念と戦略のもと、圧倒的なスピード感で成長し続けています。また現在、国内の大手企業や海外からの引き合いもあるそうです。
基礎研究から実用化に至る道のりは長く、ノーベル賞を受賞するようなものでも未だに実用化されていないものもありますが、ここ名古屋の地からMOFの実用化を後押しすることが期待されています。
そんなSyncMOFが入居している中小機構運営の名古屋医工連携インキュベータ「NALIC」には、産学連携のR&Dを中心とした医療・工学系ベンチャーが、数多く入居しています。
<入居検討者の方に向けて、畠岡氏・堀氏からのコメント>
堀:施設の周辺環境もよく、気さくなスタッフの方が多いです。マッチングイベントなど、さまざまな機会を設けていただき、インキュベーションマネージャーはじめスタッフの方には非常に感謝しています。
畠岡:彼らからの応援は非常に大きいものです。入居を検討されている方は、私たちと一緒に、この名古屋の地から世界を盛り上げていきましょう!
NALICでは、今年度も入居企業を募集しています。ご興味のある方は、下記のリンクからぜひお問い合わせください。