今やこの地域でもビジネストレンドとなっている「オープンイノベーション」。地域発のスタートアップ・エコシステムを構築するためには、地元の事業会社とスタートアップ企業の連携が必要不可欠です。しかしながら、事業規模も風土も違う企業同士がマッチングに至るまでには、大きなハードルがあります。
今回の記事では、地域発のオープンイノベーションを促進させる名古屋市主催のプログラム「NAGOYA Movement」に参加し共同実証実験をスタートさせた、地域大手のエネルギー企業である東邦ガスと、名古屋大学発アグリテックスタートアップのTOWINGの協業事例を編集部が取材。両社がマッチングするに至った経緯や、地元だからこそできる協業についてお伺いしました。
▼NAGOYA Movementについて詳しく知るには?
インタビュイー紹介
東邦ガス株式会社 事業開発部 嶋野氏
東邦ガスにて2017年より新規事業開発業務に5年間従事。社内ではエネルギー関連以外の事業開発を担当する。TOWINGとの共同実証実験プロジェクトリーダー。
株式会社TOWING CEO 西田氏
地球上における循環型農業の発展と宇宙農業の実現を目指す名古屋大学発アグリテックスタートアップ企業のTOWINGを2020年に弟と共に創業。「宇宙兄弟」として市場からも注目を集める。
取材協力:名古屋市経済局イノベーション推進部スタートアップ支援室 後藤氏
取材・撮影:若目田
※撮影・取材はコロナウイルス感染対策をした上で実施いたしました。
大規模実証実験で、TOWINGの要素技術「高機能ソイル」を確立
将来的に人間が月面や火星などに移り住んだ際、食糧生産のために現地での植物栽培は必須となります。そんな近い将来に役立つのが、TOWINGの要素技術である「高機能ソイル」です。
高機能ソイルは人工的に作り出した土壌であり、国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構が基盤技術を開発し、TOWINGが実用化。有機肥料を効率的に無機養分へと変換し、作物を育てる上で良質な土壌となるまで通常3年〜5年要するところを、約1ヶ月にまで短縮させることが可能です。本来は廃棄・焼却など、処分される植物残渣(ざんさ、ろ過した後に残ったかす)を材料としているために、炭素の固定・吸収も期待されています。
この高機能ソイルの栽培技術を更に確立するため、今回NAGOYA Movementのプロジェクトを通して、東邦ガスとTOWINGがタッグを組みました。
嶋野:この実証実験では、大きく2つの取り組みがあります。1つは、東海市にある東邦ガスの技術研究所での栽培実験です。施設内のスペースを室内環境の制御や各種データを取得できるよう改造して作物栽培を試みます。2つ目は、TOWINGさんが現在準備中のハウス型農場でのイチゴ栽培の実験です。両社で実験し、それぞれのデータを持ち寄り、高機能ソイルのさらなる改良を進めます。
西田:様々な環境条件・作物での栽培実験をすることは、量産技術の開発にも繋がります。しかし、私たち単体では、様々な環境条件・作物での栽培実験は困難です。NAGOYA Movementを通して地元東海地域の農業を盛り上げるべく、地域を巻き込んだ次世代の農業プロジェクトを一緒に計画してくださった東邦ガスさんと提携するに至りました。
オランダ・Wageninge大学のTomek de Ponti氏・Bert Rijk氏・Matin K. van Ittersum氏らが行った、362種類の作物での有機栽培と慣行栽培の作物収量を比較した研究では、有機農業の平均収量は慣行農業の約80%であったと学術専門誌『 Agricultural Systems』で述べています。(引用:The crop yield gap between organic and conventional agriculture. Tomek de Ponti, Bert Rijk, Matin K. van Ittersum. Agricultural Systems. 2011. )有機栽培での量産技術は、これまで実現が困難とされていた領域です。高機能ソイルの技術を活用した様々な環境条件・作物の栽培実験を行うことは、この地域だけでなく国内外、やがては宇宙にも繋がる大変意義のある取り組みであると言えるでしょう。
東邦ガスとTOWING、両社の提携ニーズとは
上記のような理由から、名古屋市の別プロジェクトである「GLOW PITCH(グローピッチ)」でも最優秀賞を獲得するなど、TOWINGの技術は東邦ガスだけではなく、多くの国内外の企業が注目しています。西田氏は、共同実証実験のパートナーとして東邦ガスを選んだ理由をこう述べています。
西田:ガス会社のイメージが強い東邦ガスさんは、料理教室やスポーツ施設の運営…あとは、花の定期便サービスや、都市ガス製造工場でサーモンの陸上養殖試験をするなど、実は地域密着で多方面に事業展開していることをNAGOYA Movementを通して知りました。これだけ事業領域の幅が広ければ、共同実証実験だけではなく、その後の事業化立案やスケールもしやすいと感じています。
一方、東邦ガスは、農業分野への参入は創業100年の歴史の中でも初となる取り組みです。これに対し嶋野氏は、共同実証実験について期待をあらわにしました。
嶋野:東邦ガスの新規事業開発のキーワードは、社会課題の解決・SDGs・地域振興の3つ。1次産業でもある農業は会社として取り組む余地は大きいと考えていましたが、何を作ればよいかで、検討が止まってしまっていました。
地域のエネルギー企業としてやるべき取り組みを模索していた中でTOWINGさんの話を聞いたとき、「(高機能ソイルが)これからの農業の土台をつくる技術だ」「低炭素農業に資する取り組みはエネルギー会社として取り組む意義がある」と感じ、協業提案をさせてもらいました。
マッチングの決め手は、対話量とリスペクト、そしてプログラムの設計
ここまでの話の流れで、両社のニーズが十分にマッチしていることが伺えます。しかしながら、企業規模も文化も違う両社が双方のリソースを出し合って共同実証実験を進めることは、決して容易ではないことをNagoya Startup Newsの読者の皆さんはご存知のことでしょう。両社は、オープンイノベーションのハードルをどう乗り越えたのでしょうか。
嶋野:はじめは正直、TOWINGさんとどう座組を組むべきか、東邦ガスとして明確に提案しきれない場面がありました。多いときには毎週TOWINGさんと打ち合わせを組んでもらっていましたね。西田さんとは本当に何回もお話させてもらいました。
西田:弊社の規模だと、短いスパンで会社の状況は大きく変化します。東邦ガスさんと打ち合わせをした次の週には、話が振り出しに戻ってしまうようなこともありました。通常の企業ではペンディングになるような状況を、嶋野さんが上手く繋いでくれました。
嶋野:なかなか一致する領域が見つからない中で、NAGOYA Movementの事務局の方にも間に入ってサポートして頂きました。最終的に将来的なビジョンを共有したうえで、足元の取組で競業できる両社の落とし所を見つけることができました。
西田:事務局の方が仲介に入り、両社の内情を細かく高頻度に共有してくださったことも、マッチングできた要因の1つです。
NAGOYA Movementでは、事業会社とスタートアップが精度高くマッチングできるよう、下記3つのステップを設けてプログラムを進めています。NAGOYA Movementを担当する名古屋市経済局イノベーション推進部スタートアップ支援室の後藤氏は、同プログラムの特徴をこのように述べています。
後藤:一口にオープンイノベーションといえど、協業の選択肢は多くあります。事業会社とスタートアップのマッチングがビジネストレンドになっている反面、手段が目的化してしまい、結果案件化されないケースも少なくありません。
NAGOYA Movementでは、STEP1の段階で事業会社向けの約2ヶ月間のスタートアップ共創ノウハウ習得プログラムを提供することで、双方が協業案を提案しやすい環境づくりを行っています。
将来的な展望
オープンイノベーションの手法のうち、両社のリソースを出し合う共同実証実験は、その後どうビジネスに繋げることができるかが大きな鍵となります。長期間に及ぶ今回の共同実証実験の出口を、両社はどのように考えているのでしょうか。
西田:この地域に眠る資源をアップサイクルし、持続可能な食糧生産ができないか一緒に考えていきたいです。例えば、東邦ガスさんが都市ガス製造工場でサーモンの陸上養殖をしていることに着目し、サーモンの残渣を有機肥料としてソイルに混ぜて土壌をつくり、その土壌で生産した作物を東邦ガスさんの取引先飲食店に卸す…ということもできたらいいなと考えています。
嶋野:東邦ガスは、当地域に必要とされる会社になるべく、エネルギー会社としての役割を拡張していきたいと考えています。食と農業は、その中でも重要なトピックです。ゆくゆくは、高機能ソイルで生産した作物を当社の個人・法人のお客さまとも連携してサプライチェーンを構築するとともに、未利用地や耕作放棄地の活用や地域の就農人口増加等に繋げていきたいです。そのための第一歩として、まずは今回の共同実証実験でしっかりと成果を出したいと考えています。
東邦ガスとTOWING。規模も文化も違う両社が同じ方向を向き、この地域だからこそできるオープンイノベーションの実現をNAGOYA Movementで目指しています。それぞれが描く大きなビジョンから逆算し、今回の共同実証実験がスタートしているのだとインタビューを通して知ることができました。
編集部まとめ
お互いの価値観をリスペクトしながら対話を繰り返してきた東邦ガスとTOWING、そして、NAGOYA Movement運営事務局の舞台裏での活躍が、今回の共同実証実験開始を実現させたと感じることができたインタビューとなりました。
嶋野:プログラムの冒頭で、事務局から「マッチングだけでは絶対に終わらせない」と宣言がありましたが、参加したらまさにそのとおりでした。
西田:スタートアップには、事業会社との調整役となるBizdev人材が最初からいるわけではありません。NAGOYA Movementの事務局の方には、まるでTOWINGの一員かと思えるくらい、一生懸命に動いてくださいました。
両社お墨付きのNAGOYA Movementは、来年度も実施する予定です。地元で活躍するスタートアップ企業を探している事業会社の事業開発担当者の方、先進的な取り組みをしている地元事業会社を探しているスタートアップ企業の方は、来年度のNAGOYA Movementに乞うご期待ください。
▼NAGOYA Movement WEBサイト